ニーナ・アナニアシヴィリ&ジョージア国立バレエ

オペラ・バレエ
Nina Ananiashvili & State Ballet of Georgia, Opera / Ballet
ニーナ・アナニアシヴィリ&ジョージア国立バレエ

バイオグラフィー

ジョージア国立バレエ

 ジョージアは3000年の歴史と文化、伝統をもつといわれる南カフカス地方の国である。「ジョージア」という名称はギリシャ語の「農業」に由来している。有名な伝説によると、神々は自分たちから火を盗んで人間に与えたプロメテウスを、鎖でカウカソス(カフカス)山につないだ。この山の南、黒海とカスピ海の間にジョージアは位置している。またギリシャのアルゴー船の乗組員たちは、西ジョージアのコルキスで黄金の羊毛皮を盗み、アイエテス王の娘で魔法使いのメデイアを誘拐したという。

19世紀――最初の歌劇場の完成
 ジョージアとロシアは1783年に友好条約を結んでいたが、ロシアはこれを破って1801年に東ジョージアを併合し、1844年にチフリス(現トビリシ)にカフカス総督府を設置して、ミハイル・ヴォロンツォフ伯爵(のち公爵)をカフカス総督に任命した。ヴォロンツォフはオペラを含む様々な文化の企画に携わり、その主導により1851年に800人収容の劇場がトビリシに完成した。トビリシ中の名士が集った4月12日のこけら落としの様子は、後日パリの新聞で報道されるほど注目を集めている。
 この年の11月、イタリアから招かれた歌劇団が、劇場の初めてのシーズンにオペラ《ランメルモールのルチア》を上演した。1852年10月にはペテルブルグから招かれたダンサーたちが、フィリッポ・タリオーニ振付《ラ・シルフィード》の第2幕などを上演しており、これが劇場初のバレエ公演となった。翌年は《ジゼル》第2幕が上演されている。
 その後、オペラマニアを生み、ヨーロッパで初演されたオペラを1、2年後には上演するほどの発展をみせた劇場は、1874年10月に火災によって焼失してしまう。続く22年間は近くの夏季専用劇場で活動が続けられ、ロシアの歌劇団がチャイコフスキー、リムスキー=コルサコフらのオペラを上演し、チャイコフスキーが指揮のために5回訪れた。またラフマニノフやフョードル・シャリアピンも出演した。
 1896年に1200人を収容する新劇場が完成し、11月にグリンカ作曲のオペラ《イワン・スサーニン》でこけら落としが行われた。新劇場は1937年にジョージアの誇る作曲家の名前を冠し、ザカリア・パリアシヴィリ記念ジョージア国立トビリシ・オペラ・バレエ劇場となった。しかしこの劇場も'73年に火災で焼失。現在の劇場はその後に最初の劇場の様式に戻して再建されたもので、1065人を収容し、バレエ用に3つ、オペラ用に2つ、オーケストラ用にひとつのリハーサルホールを備えている。

20世紀前半――チャブキアーニの活躍
 新劇場には海外の歌劇団がたびたび訪れ、ロシア帝室マリインスキー劇場バレエも1907~08年と'13年に公演を行なった。振付家のミハイル・フォーキンは、自作の革新的なバレエをディアギレフの主宰するバレエ・リュスによりパリの観客に披露する前に、トビリシで試演している。
 1897年から1907年まで、イタリアの名バレエ教師エンリコ・チェケッティの弟子であるマリア・ペリーニが新劇場で踊った。彼女は現役を退くと'16年にジョージアのクラシック・バレエのスタジオを作り、'36年にイタリアに帰国するまでワフタング・チャブキアーニをはじめ多くの弟子を育て、ジョージア・バレエの基礎を築いた。
 ジョージアで初めて作られたバレエは、アンドリア・バランチヴァーゼ(ジョージ・バランシンの弟)作曲、ワフタング・チャブキアーニ振付の、ジョージア民話に基づく《山の心》('36年)である。チャブキアーニは'29年にレニングラード・バレエ学校(現ワガーノワ・バレエ・アカデミー)を卒業し、レニングラード・キーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)であらゆる作品の主役を踊った。彼は《山の心》と《ラウレンシア》('39年)をキーロフ・バレエに振り付け、'41年にトビリシに戻るとトビリシ・オペラ・バレエ劇場バレエ団の芸術監督を'73年まで務め、同時に国立トビリシ・バレエ学校で指導にあたった。
 チャブキアーニの作品では、厳格な古典様式と高度な技巧、柔らかい跳躍、エネルギッシュなピルエット、繊細な心理描写、燃えさかるような感情表現が融合している。特に男性舞踊手にとって、革新的な特質をもった新しい表現様式が作り出され、多くのダンサー、振付家に影響を与えた。

20世紀後半――アレクシーゼとラヴロフスキーの時代
 '70年代前半に、チャブキアーニに代わってゴギ(ギオルギ)・アレクシーゼがバレエ団の芸術監督に就任した。彼はフョードル・ロプホーフの弟子で師のアイディアや革新性を受け継ぎ、バッハやモーツァルト、プロコフィエフ、ヴィヴァルディらの曲、およびジョージア人作曲家の音楽を使って新古典主義のバレエを制作した。さらにたくさんの小品や一幕物のバレエを振り付けた。
 '83~85年に芸術監督を務めたのは、ボリショイ・バレエの名ダンサーであったミハイル・ラヴロフスキーである。この時代に彼が振り付け、自ら主演したガーシュイン作曲《ポーギーとベス》と《ロミオとジュリエット》がレパートリーに加わった。

21世紀――アナニアシヴィリの挑戦
 2004年にニーナ・アナニアシヴィリが芸術監督に就任し、5シーズンで33作品を上演するという偉業を成し遂げた。彼女の目標のひとつは、古典と並行してさまざまな様式の作品を導入することである。現在のレパートリーにはジョージ・バランシンの10作品、アレクセイ・ラトマンスキー、トレイ・マッキンタイアー、スタントン・ウェルチ、ユーリー・ポソホフらの作品がある。そしてオーギュスト・ブルノンヴィル振付の《コンセルヴァトワール》がデンマーク・ロイヤル・バレエ、フレデリック・アシュトン振付の《リーズの結婚》《2羽の鳩》《マルグリットとアルマン》が英国ロイヤル・バレエの協力で制作され、《白鳥の湖》《ジゼル》《ドン・キホーテ》の新改訂版、レオニード・ラヴロフスキー振付の《ロミオとジュリエット》もレパートリーに加わった。
 ジョージア国立バレエには世界的な芸術家たちが協力している。フランク・アナセン、アレグザンダー・グラント、バート・クック、マーガレット・バービエリ、ベン・スティーヴンソン、アレクセイ・ファジェーチェフらが指導にあたったほか、イリーナ・コルパコワ、マリア・カレガリ、エヴァ・クロボー、タチヤーナ・ラストルグーエワ、ユリアーナ・マルハシャンツらがマスタークラスの指導者を務め、セルゲイ・スタドレル、アレクサンドル・ソトニコフ、ロバート・コールらが指揮棒を振り、アンドレイ・ウヴァーロフ、セルゲイ・フィーリン、イーゴリ・ゼレーンスキー、アンヘル・コレーラ、岩田守弘、マリーヤ・アレクサンドロワ、イルマ・ニオラーゼ、タマラ・ロホ、ファルフ・ルジマートフ、カリム・アブドゥーリンらが客演している。

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