マリインスキー歌劇場管弦楽団

オーケストラ
The Mariinsky Orchestra, Orchestra
マリインスキー歌劇場管弦楽団

バイオグラフィー

<ワレリー・ゲルギエフ プロフィール> 

1988年、マリインスキー劇場の芸術監督に選出され、同劇場を世界中が注目する一流歌劇場へ発展させた、カリスマ性を備えた現代屈指の指揮者。ロッテルダム・フィルの首席指揮者(1995~2008/現在は名誉指揮者)、メトロポリタン・オペラ首席客演指揮者(1997~2002)、ロンドン交響楽団首席指揮者(2007~) など、国際的な主要ポストを歴任し、同時にウィーン・フィル、ベルリン・フィル等の一流オーケストラに客演。また、サンクトペテルブルグの「白夜の星」音楽祭、フィンランドのミッケリ国際音楽祭、コーカサス平和音楽祭、ロッテルダム・ゲルギエフ・フェスティバルなど、数々の国際音楽祭を創設し、芸術監督および音楽監督を務める。


<マリインスキー歌劇場管弦楽団 プロフィール>

マリインスキー歌劇場管弦楽団は、ロシアで最も古い音楽団体として、由緒ある歴史を誇っている。ピョートル大帝の治世のもと、18世紀に創設され、ロシア革命以前はロシア帝室劇場管弦楽団として知られていた。
1860年以来、サンクトペテルブルグのマリインスキー劇場(アレクサンドル二世の皇后マリアに因んで名付けられた)で演奏を行っていたこのオーケストラは、19世紀後半からエドゥアルド・ナプラヴニク(1839-1916)の指揮のもとで真の黄金時代を迎えた。
ナプラヴニクは帝室劇場に半世紀以上(1863-1916)君臨し、その指揮のもとでヨーロッパ有数のオーケストラとして認められるようになった。彼はまた、一代の優れた指揮者たちを指導し、後に「ロシア流」として知られるようになった指揮法を編み出した。
当劇場は19~20世紀の名作オペラやバレエが多数生まれた場所でもあり、グリンカの《皇帝に捧げし命》《ルスランとリュドミラ》、ボロディンの《イーゴリ公》、ムソルグスキーの《ボリス・ゴドゥノフ》《ホヴァーンシチナ》、リムスキー=コルサコフの《プスコフの娘》《見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語》、チャイコフスキーの《スペードの女王》《くるみ割り人形》《眠れる森の美女》や、プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ハチャトゥリアンによるオペラ、バレエなどの初演も行った。また、チャイコフスキーは同オーケストラを指揮していたばかりでなく、自らの交響曲第5番、幻想序曲「ハムレット」および交響曲第6番の初演を行うなど、オーケストラと深い関わりを持っていた。ラフマニノフもカンタータ「春」や詩曲「鐘」の初演をはじめとして、いくつもの公演を指揮。また同オーケストラは、若きストラヴィンスキーの「幻想的スケルツォ」やバレエ《火の鳥》組曲なども初演した。
一方、同オーケストラのレパートリーには、ロシアのみならずヨーロッパの作曲家によるものも多く含まれており、ハンス・フォン・ビューロー、フェリックス・モットル、フェリックス・ワインガルトナー、アレキサンダー・フォン・ツェムリンスキー、アルトゥール・ニキシュ、ウィレム・メンゲルベルグ、オットー・クレンペラー、ブルーノ・ワルター、エーリヒ・クライバーなど、世界的な著名指揮者たちも次々と客演した。
ちなみに、1847年と1867年には、ベルリオーズが自作の「ファウストの劫罰」「ロメオとジュリエット」「幻想交響曲」「イタリアのハロルド」を指揮し、日記に「何というオーケストラだろう!何という正確さ!何というアンサンブル!」と記し、1867年の手紙には「ベートーヴェンは自分の作品をかくも見事に演奏してもらったことがないだろう」と綴っている。そしてマーラーは1902年と1907年にオーケストラと共演し、自身の交響曲第5番を含む5つのコンサートを指揮。1912年には、シェーンベルクが交響詩「ペレアスとメリザンド」のプレミアを指揮した。
キーロフ・オペラと改名されていたソ連時代、オーケストラはエフゲニー・ムラヴィンスキーとユーリー・テミルカーノフの指導のもとで高い芸術的水準を維持していたが、1988年、ワレリー・ゲルギエフがオペラの芸術監督に選出され、1996年にはロシア議会からマリインスキー劇場の芸術監督および総裁に任命された。レニングラードがサンクトペテルブルグと改名されて間もなく、キーロフ劇場は設立当初のマリインスキー劇場に名前を戻し、オペラ、バレエそして当管弦楽団の本拠地となった。
ゲルギエフの指導のもと、同劇場はメトロポリタン・オペラ、英国ロイヤル・オペラ、サンフランシスコ・オペラ、ミラノ・スカラ座などの世界的な歌劇場と密接な関係を結び、オペラやバレエ団とのツアーに加えて、当オーケストラも世界中で演奏している。そして最も優れたオーケストラのひとつとして数えられるようになり、継続的なツアー活動の成功によって、あるジャーナリストが言うところの「世界初のグローバルなオーケストラ」という名声を得るに至っている。そして1998年に行われた中国への歴史的な初ツアー(ロシアのオーケストラとしては実に40年ぶりの訪中)では、北京の人民大会堂において江沢民中国国家主席の前でコンサートを行い、それは5000万の人々に中継された。
録音は、1989年以来専属契約を結ぶフィリップス・クラシックスに、ゲルギエフの指揮で数多く行っており、グラモフォン誌最優秀オペラ賞、日本レコード・アカデミー大賞など数々の賞を受賞している。

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