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インタビュー:森麻季 時を経て変わった“歌うことの意味”

10月にドレスデン国立歌劇場室内管弦楽団と共演する森麻季のインタビューです。

森 麻季といえば、その美しい歌声と麗しい容姿という実力と人気を兼ね備えたソプラノ歌手。2016年は、そんな彼女がオペラデビューしてから20周年という節目の年である。自らが選んで歩んできた音楽の道は、決して華やかなものだけではなかった。その道を振り返って沸き上がる思いとは、いかなるものなのだろうか。

「“歌う”という自分が好きなことを仕事にして生きていけることは幸せなことだと思います。しかし、すべてが順風満帆だったわけではありません。海外で生活していたときには、人種差別的な扱いを受けたり、意地悪をされたりすることもありました。今考えてみると、それはそれで何かにを気づくためのきっかけになっていて、すべてを良い方向に転換できたのかもしれません。こうして歌うことを続けてきたわけですが、自分にとって分岐点となったのは、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件です。ちょうどワシントンにいた私はコンサートで歌わせていただいたのですが、そのときのお客さまもスタッフもほとんどがアメリカの方でした。ところが国境や人種の隔たりを超えて、皆さんが応援してくださる。「芸術が平和を呼ぶように」と声をかけてくださったり、ほかにも見ず知らずの方から素敵な言葉をいただいたりしました。それまでは音楽がお医者様のように直接的に社会貢献ができるものだとは思っていなかったのですが、音楽を通して地域の人と一緒に何かができたり、心を一つにしたりすることができるのだと感じました。自分のキャリアや歌う技術の向上も大切ですが、それ以上に音楽を通して空間と時間を共有することで、特別な何かが生まれることに気づくことができたのです」

 911を経験し、その10年後に起こった東日本大震災が毎年手がけている追悼コンサートへと繋がった。歌うことの意味が、その歩みとともに変化してきたのである。

「コンサートいえば音楽を楽しむものですが、追悼コンサートは平和であることのありがたさについて考えてみたり、震災後に頑張っている人に思いを馳せたりする時間でもあります。クラシック音楽には平和への感謝にふさわしい曲がたくさん存在しているので、音楽を通してそういう時間を過ごせることにとても感謝しています」

 今年は10月には、三度目の共演となるドレスデン国立歌劇場室内管弦楽団との公演が控えている。共演を重ねてきた彼らにはどのような印象を抱いているのだろうか。

「ドレスデンの室内管弦楽団の音色は、晴れ渡った青空というより、銀色のような少しシックで格好いいイメージがあります。でも冷たい感じではなく、温かみがある。親子三代にわたる伝統が築き上げたとても高貴な音色ですので、一緒に歌うことで私自身もドイツらしい歌い方に少しでも近づけるような気がします。それほど彼らの音楽の影響力というのは大きいと思います」

 森自身も楽しみにしているこの公演では、シューベルト、マスカーニ、J.S.バッハの『アヴェ・マリア』をはじめ、ヘンデルの歌劇『リナルド』より「涙の流れるままに」など、ドラマチックで充実した名曲がプログラムに名を連ねる。

「シューベルトの『アヴェ・マリア』を彼らと演奏するのは初めてですね。前半はお祈りをテーマにした曲が多いので、一つ一つの言葉を届けられたらいいなと思います。後半は劇的な曲で、特にヘンデルは彼らが得意とするものですので、彼らの解釈から私もいろいろ学びたいと思います」

 これまでに培った関係が、コンサートを通してさらなる境地へと導く。そして現在一つの節目を迎えた歌姫が描く未来についても尋ねた。

「音楽家としては、まだまだこれからだと思っています。20代の頃と比べると、当時ももちろん歌詞の意味もわかっていて声もよく出ていましたが、今だからこそ実感できるのは歌詞の行間にあるものが理解できるようになったということです。私は永く歌が歌える歌手でありたい。老いていくことで表現や解釈が深まっていくでしょうから、これから先、30周年、40周年と年を重ね、いくつになっても歌うことができたらなら、本当に素敵だと思います」

取材・文:山下シオン
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3つの“アヴェ・マリア”と名曲の数々
森 麻季&ドレスデン国立歌劇場室内管弦楽団

2016年10月18日(火) 19:00開演 東京オペラシティ コンサートホール
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