2016/10/24

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エリアフ・インバル インタビュー

 フランクフルト放送交響楽団(現hr交響楽団)やベルリン交響楽団(現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団)と幾度も来日、日本では東京都交響楽団と2度にわたりマーラー・ツィクルスを行うなど、我々にも親しい存在のマエストロ、エリアフ・インバル。ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団を率いての来日ツアーを前に、プログラムの曲目やオーケストラへの思いを伺った。

マーラーとの出会い
 エリアフ・インバルといえば、マーラーのスペシャリストとして名高い。マエストロのマーラーとの出会いはどんなものだったのだろうか。
 「ここではラジオ放送などを聴いた思い出は除外して、ライヴの体験をお話しします。最初に出会ったのは《さすらう若人の歌》。私は15歳からイスラエルのオーケストラでヴァイオリンを弾いていましたが、その時に演奏しました。
 それから、様々な指揮者でマーラーの交響曲を聴きました。最初はラファエル・クーベリック(1914~96)で第1番《巨人》。次に、ゲオルク・ジンガー(1908~80)で交響曲第5番。ジンガーはユダヤ系チェコ人ですが、素晴らしい指揮者でした。そしてレナード・バーンスタイン(1918~90)で第2番《復活》と第4番。私が若いころはその程度で、第6番以降の交響曲はなかなか聴く機会がありませんでした。
 その後、パリへ留学。23歳の時にベルナルト・ハイティンク(1929~)で第4番を聴きましたが、当時のフランスではマーラーはあまり理解されておらず、拍手が少なかったのを憶えています。ヴェニスでもジョン・バルビローリ(1899~1970)の指揮で同じく第4番を聴きましたが、演奏後、指揮者がソデへ引きあげたらその場で拍手が止まり、カーテンコールが全くないまま演奏会が終わってしまいました。やはりこの頃(1950年代)、聴衆にとってマーラーは難しかったのですね。
 マーラーの普及が進んだのは1960年代。アメリカではモーリス・アブラヴァネル(1903~93)が交響曲全曲を演奏、もちろんバーンスタインの功績も大きかった。ヨーロッパではゲオルク・ショルティ(1912~97)、クーベリック、ハイティンクらが交響曲の全曲演奏を行いました」
 交響曲第1番《巨人》を聴いた時は衝撃的だったという。
 「それまでにベートーヴェンやブラームスを知っていましたし、特にブラームスの交響曲第4番第2楽章を聴いた時は、自分がいつか死ぬ時、この楽章を指揮しながら空の中に消えていきたい、と思ったくらい感動しました。しかし、マーラーに出会って、“これは私の音楽だ”“マーラーは自分のために作曲してくれたのだ”という気持ちになったのです。そんな体験は初めてでした。ですから、本当にマーラーは“私の作曲家”だと言えます」

マーラーの交響曲第1番《巨人》
 「エモーションが本当に豊かな作品です。自然界の音、マーラーの若き日の体験などが、遠くから聴こえるファンファーレなど斬新なオーケストレーションで描かれている。第1楽章のテーマは自然と愛。第2楽章スケルツォは劇的で、第3楽章は民謡〈フレール・ジャック〉を用いた葬送行進曲。悲劇的な曲想に、中間部では突如として俗っぽいメロディが接続される。このような曲は、かつて音楽史には存在しませんでした。第4楽章はカタストロフに始まり、やがて祝祭的なフィナーレとなります。このフィナーレは人生の全て、あるいは人生が終わった後の世界まで表しています。マーラーは“私の交響曲には全宇宙が現れている”と語りましたが、第1番の交響曲で既に“世界の全て”が表現されているのは驚くべきことです」
 ちなみに、インバルは〈花の章〉(《巨人》第1稿の第2楽章で、初演の7年後にマーラーがカットした)には関心がない様子。マエストロはブルックナーの第1稿の魅力を世界に知らしめたことでも有名だが、マーラーの初期稿に興味はないのだろうか。
 「マーラーとブルックナー、2人には大きな違いがあります。マーラーは自身が優れた指揮者でしたから、交響曲を自ら演奏する中で、より良いものへスコアを手直ししていった。ですから、彼の場合は最終的なヴァージョンが最も良いものなのです。〈花の章〉は、マーラー自身がカットしたわけですから、その決定を正しいと判断して、交響曲第1番の演奏には不要だと考えています。
 対してブルックナーは、もともと革命的なアイデアがあって、それをスコアに書いたものの、当時の人々には理解されなかった。演奏も難しかったので、彼の改訂稿は妥協を強いられた面がありました。第3番、第4番、第8番など、改訂稿にも良いところはありますが、やはりブルックナーの場合、第1稿こそ彼が一番書きたかったことだろうと。ですから私は、どれほど演奏が困難でも、ブルックナーが望んだ音を実現したいと思いますので、第1稿を採り上げるのです」

マーラーの交響曲第5番
 「先ほども申し上げた通り、マーラーは“私の交響曲には全宇宙が現れている”と語っています。期待や歓喜、悲劇、別世界への憧れ、死と別離。それらが直線的ではなく、皮肉や風刺を含みながら、やがて楽観的なフィナーレを迎える。
 特に交響曲第5番には、以上の全てが含まれています。第1楽章は〈葬送行進曲〉で、第2楽章も悲劇的な内容です。第3楽章〈スケルツォ〉には闘争があり、第4楽章〈アダージェット〉では愛について語られます。第5楽章〈ロンド・フィナーレ〉には希望と喜びがあり、それは本当に確かなものなのかという疑問符を伴いつつも、一種の勝利を表現している。とてもポジティヴな結末を迎える曲です。
 だいぶ前ですが、1965年にトリエステ(イタリア)のオーケストラで交響曲第5番を指揮したことがあります。リハーサルの時、オーケストラがスコアにない音を演奏したので、とても驚きました。パート譜を確認したところ、彼らはかつてマーラー自身が客演した際に用いた、初期の稿で演奏していたのですね。私はその時点で既に、マーラーは最終稿が最も良いと思っていましたが、これはマーラー自身が書いた音符であり、このオーケストラを指揮した時点では最善と判断したものです。ですからメンバーには“何も変える必要はありません。楽譜の通りに弾いてください”と伝えて、そのまま演奏しました。マーラーの初期稿を指揮したのは、そこだけの体験でしたね」

モーツァルト、メンデルスゾーン、ワーグナー
 今回演奏する、マーラー以外の曲目についても、その魅力を聞いた。
 「モーツァルトのピアノ協奏曲第20番はとても悲劇的です。第1楽章はドラマティックで、第2楽章には愛や希望や喜びがあります。第3楽章には悲劇が戻ってきますが、第1楽章とは雰囲気が異なり、多様性があります。この曲はマーラーやベルリオーズの出現を予言するような、ロマン派的な作品だと思います。
 メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲は、音楽史上最高の協奏曲の一つですね。彼は初演者であるフェルディナント・ダーフィトにも助言を求め、改訂を重ねて曲を完成させました。まるで天使が作曲したようで、まさに天上の音楽。マーラーの交響曲第4番終楽章を思わせるところもあり、本当に比類のない曲だと思います。あまりにも演奏機会が多く、ポピュラーになり過ぎているところもありますが、この作品の良さが失われることはありません。
 ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』は、彼の全オペラの中でも別格の作品です。宇宙の創造の神秘に直接導いてくれる音楽ですね。愛の悲劇性、宇宙の創造の悲劇性に出会わせてくれる、特別な曲です。オペラの最後に置かれた<イゾルデの愛の死>は、全曲のエッセンスと言うべきもの。偉大な愛、絶対的な愛は、地上では叶えられない。地上で可能なのは憧れを持つことだけ。愛の中で死んでこそ、宇宙の一部となることができる。そこで愛が成就する。これが『トリスタンとイゾルデ』のテーマです。今回演奏するのは<前奏曲>と<イゾルデの愛の死>だけですが、その18分間の中で、凝縮されたオペラの精髄を聴いていただけたらと思います」

ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団は、かつては東ドイツのベルリン交響楽団として知られ、ドイツ再統一(1990年)の後、2006年に現在の団名に改称。インバルは改称直前の2001~06年に首席指揮者を務め、2001年と2005年に来日ツアーも行った。
 「とても意欲的なオーケストラです。ただ、もともとは東ドイツの団体でしたから、西ドイツのオーケストラとは全く違う演奏法を残していました。落ち着いた音色のまろやかなサウンドで、ちょっとチェコ・フィルと似た感じでしたね。そういう独特な音色を保ったまま、さらに機能性と柔軟性、ブリリアントな輝きを加えるべく、リハーサルを通じて努力しました。すると、私がシェフに就任して1ヵ月ほどで、オーケストラのトーンが変わったという評価をいただきました。
 私はどんなオーケストラを前にしても、より良くするための可能性を見出すことができます。もっと美しく、もっと素晴らしくなるように。同じことの繰り返しはしません。決してルーティンではなく、常に新しく音楽を創造していく。それが私が指揮者であることの存在理由です」

(取材・文/友部衆樹)
(通訳/松田暁子)


巨匠インバル、円熟のマーラー「巨人」
五嶋龍、本邦初披露のメンデルスゾーン!
エリアフ・インバル指揮 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団

2017年3月21日(火) 19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
<プログラム>
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 Op. 64(ヴァイオリン:五嶋 龍)
マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」

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