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【インタビューその1】キット・アームストロング

Q : 日本で初のソロ・リサイタルは2015年3月でしたね。
日本で演奏したのは、あの時が初めてではなかったのです。リサイタルではありませんが、2009年のライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(指揮:リッカルド・シャイー)との共演が東京で初めての演奏でした。その後もプライベートで日本を訪れています。ソロ・リサイタルは、2015年が初めてでした。

Q : ソロ・リサイタルの時に受けた日本の印象を話していただけますか。
あの時のことはとてもよく覚えています。私の2015年のハイライトでした。日本の皆さんは音楽、とくにクラシック音楽をとても大事にされています。みなさんがこれまでに音楽に対して捧げてこられた情熱や活動に尊敬を覚えます。みなさんが過去の録音などでお聴きになって、すでにご存知のレパートリーを、この私も演奏することが叶い、誇りに思いました。

Q : フランスの小さな教会を拠点に活動されていますね。この教会はコンサートホールとして使っているのですか?
もちろん、そこではコンサートを行っています。また居住空間もあるので、生活もしています。友人や仕事関係の方たちを招いたりもしますし、企画を考えている人たちで大勢で集まることもあります。そんなとき、雰囲気はくつろいだものでもあり、清澄な空気も漂いますね。
私が心がけるのは、そんな場が心地よいものであるように、仕事の空気に広がりが生まれるように、ということです。まずは企画の出発点として、できるだけ多くの人たちを迎え入れてゆきたい、と。たとえば今年は、地域のみなさんにも空間を開放して、クリエティブな活動のために使っていただくようなプログラムを発信しています。

Q : そのような、「そこに住み、学び、人と集う場所を持つ」という考えは、いつからあったのですか?
この活動は2013年にスタートしました。教会を購入したのもその年ですが、そこを拠点にして、いろいろなアイディアを形にしていこうと考えました。具体的にそれがどのようなものになっていくかは、その時点ではわかりませんでしたが。多くの試みを行い、また、地域のリーダー的存在の方たちとも意見交換をしまして、何ができるかを模索しました。2014年には初めてのコンサートを行いました。そのときはまだ観客は周辺のみなさんに限られていました。600人ほどの人たちが住んでいるのです。このような文化的拠点を、みなさん求めておられたので、決して「浮いて」しまうこともなく、このコンサートはあたたかく受け入れられました。それ以後、みなさんの熱意にも支えられ、2015年には5回のコンサートを行いました。演目については、可能な限り、自分がやりたいと思うレパートリーを選びます。
2015年の9月には、シマノフスキの曲を特集して、シマノフスキ・カルテットをゲストにお呼びしました。プログラムのテーマは、第一次世界大戦への追悼でした。その土地の皆さんたちにとって、大切なテーマなのです。このときは、映像の上映も行い、また、地域の小学校の生徒さんたちにコーラスとして参加をお願いしたのです。国と国とが平和を結ぶことの意味を象徴したくて、そのような企画に仕上げました。<購入したフランスの教会>

Q : 音楽だけに焦点を当てているわけではないのですね。他の文化的側面、社会で起こることなどにも・・・。
はい。まずは音楽からスタートしたのです。でも次第に広がっていき、その音楽が成立するまでの過程が必然と盛り込まれてくるのです。さらに、そのまわりで起こることのすべてが関連してきます。そして、音楽に帰結する、といいますか。

Q : とても面白いですね。でもどうしてフランスで行っているのですか?
KA : 最大の理由は、建物の独特な美しさに魅了されたのです。内部の音響も素晴らしかった。光を伴うビジュアルに惹きつけられたのが、発端でした。
フランスでは、1905年に教会組織と国家とが正式に分離して、それ以前の価値ある建造物は国家の所有となり、反対に、それ以後の建造物は教会の所有になったのです。あるとき、このサント・テレーズ教会が売りに出されていることを知り、見てみますと素晴らしいものでした。そこで、自分が所有するのであれば、この教会に第二の生を与える意味でなにができるかを考え、関係者と話し合いました。その存在を、過去よりも、さらに活かすことが大事だと思ったのです。

Q : 1月のリサイタルでは、演目にウィリアム・バードの作品があります。ここ数年の教会での活動が、宗教音楽家だったバードを発見する契機になったのでしょうか?
ええ、そうです。まさにバードの作品は、自分はまず、教会で演奏したい、と感じる曲です。このような作曲群はまた、もっと現代の私たちが発見して知るべきもののように思うからです。自分でも驚くのですが、勉強してみますと、このような曲が後年のヨーロッパ音楽作品に思いの外、大きな影響を与えていることがわかります。たとえば、バッハのような作曲家でさえも、彼より前の時代の音楽家たちの影響なしでは、存在し得なかったわけですよね。バードの曲を味わう楽しみは、「この音楽は、そして音楽そのものは、いったいどこから生まれたのだろう?」ということを辿る楽しみとも言えます。とくにピアノや、鍵盤楽器の発祥と変遷に思いを馳せながら、聴きたい楽曲なのです。鍵盤楽器が、それ以外の楽器の代わりを務めるようになり、やがて定着していった流れ、というものに、とくに興味を持ちます。作曲家は、とくに後年のロマン主義の時代にすすむと、ピアノに、可能な限り純粋なピアノとしての表現形式を追求するわけですが、そのころになるともう、あらゆる楽曲のピアノ譜での演奏が可能になりますね。ベートーヴェンのシンフォニーなどは、オーケストラで奏されるよりピアノで演奏される機会の方が多いぐらいです。ですが、その源流が、このバードの時代、イギリスの黄金時代にあったのだ、という発見に至るのです。このころすでに、鍵盤楽器の奏法に、当時としての「ヴィルトゥオジティ(超絶技巧)」の概念は生まれていました。そのような演奏技術をもった演奏家がいた、ということです。
Q : 今回、ご自分がお弾きになる曲については?
はい、「私のネヴェル夫人のヴァージナル曲集」ですが、バードの作品の重要な位置を占めているものです。鍵盤楽器を、伴奏用やアンサンブルの一部としてではなく、楽曲の総体を担う形で捉えているのです。鍵盤楽器のエフェクトをそのように表出したのは、おそらく音楽史上、初の試みだったでしょう。手法は複雑、また、洗練されていて、意味合い豊か。まさに対位法なのです。

Q : ウィリアム・バードは16世紀に活躍しましたが、多作で、かなりの数の作品を残していますね。
たしかに、バードはむしろ、歌のほうの作品で知られているかと思います。英国で、とくに合唱曲に親しんでいる人たちには、バードの名前は浸透しているのではないでしょうか。合唱の演奏会プログラムでよく見る名前です。ですが彼は鍵盤楽器曲、室内楽曲もたくさん書いています。私は、彼の器楽曲は、声楽曲に負けず劣らず、ときに声楽曲以上に、表現豊かだと感じます。鍵盤楽器にとってなかなか難しい、冒険的な作風も見られます。当時の楽器の音色に鑑みて、野心的な試みをしています。

・・・その2へ続く

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衝撃の日本デビューから1年。キットが紡ぐ、心に染み入る音楽絵巻
キット・アームストロング ピアノ・リサイタル

2017年1月23日(月) 19:00 浜離宮朝日ホール

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