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ヤンソンス指揮のマーラー「第7交響曲」を聴くかどうか迷っている方のために![バイエルン放送交響楽団]

11月に来日するマリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団。音楽評論家の東条碩夫氏による「ヤンソンス指揮のマーラー「第7交響曲」を聴くかどうか迷っている方のために!」ぜひご覧ください。


マーラーの「交響曲第7番《夜の歌》」は、不思議な曲だ。
それゆえに、いちばん面白い曲だ、と言えるかもしれない。第1楽章は、冒頭からしてミステリアスで、ものものしい。
序奏主題を最初に提示するのはなんとテノール・ホルン。珍しい音色だ(2分ほど経つとこの主題は、1961年に日本でもヒットした「霧の中のジョニー」の「Johnny,remember me」の個所のフシと同じになる)。 それはともかく、この曲は、フィナーレを除く最初の4つの楽章に、まさに「夜の歌」という言葉にふさわしい神秘的な雰囲気が満ちている。もともと「夜の歌」という副題は、第2楽章と第4楽章に「夜曲」(Nachtmusik)と副題が付けられているところから出たものだ。だが、その2つの楽章にも、最弱音のさなかに突然ティンパニが最強奏で轟くといったような、マーラー特有の奔放な曲想が入り交じる。しかも第4楽章にはギターとマンドリンまで入って来て、セレナード的な雰囲気までつくり出すのである。
 そして、それら「夜曲」の間に挟まる第3楽章には、マーラーは「影のように」という指定をつけた。そこには奇抜な奏法による怪奇な表情が次々に現われ、マーラーの前衛的感覚をうかがわせて魅力的だ。 が、最も不思議なのは、フィナーレ――第5楽章である。それまでの4つの楽章におけるミステリアスな雰囲気などどこへやら、とつぜん暴発的な躁状態といった音楽と化してしまうのだ。冒頭のティンパニのソロからして、異様な興奮状態を感じさせるのではないか。昔から、マーラーの研究家や愛好家を悩ませてきたのはここだ。「なぜ、いきなりこうなるのか」というわけである。それはマーラーの皮肉か?あるいは、彼の中にある極端に対照的な性格が、またもやここでも顕れたと解釈すべきなのか?
 さまざまな考え方が可能だが、その謎解きの一助となるのは、指揮者の解釈だ。今回はそれらを、マリス・ヤンソンスの円熟の指揮で聴いてみたい。全曲を、矛盾を厭わずばらばらのままで流すか、または、明暗のコントラストとして論理的に描き出すか、あるいは、光と影の表裏一体というイメージで構築するか――。 なにしろ前回の来日で、同じマーラーの「第9交響曲」の第4楽章の最後を、筆舌に尽くし難いほど見事な安息感で結んでみせたヤンソンスだ。今度の「7番」も、並みの解釈には収まらぬはずである。

東条碩夫(音楽評論)

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現代オーケストラ芸術の極み!! 巨匠&世界最高峰の楽団
マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

2018年11月22日(木) 19:00開演 東京芸術劇場 コンサートホール
《プログラム》
 マーラー:交響曲第7番 ホ短調 「夜の歌」

2018年11月26日(月) 19:00開演 サントリーホール
《プログラム》
 リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調 S. 124/R. 455 (ピアノ:エフゲニー・キーシン)
 R. シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」 作品40

2018年11月27日(火) 19:00開演 サントリーホール
 リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調 S. 124/R. 455 (ピアノ:エフゲニー・キーシン)
 ストラヴィンスキー:バレエ音楽 「春の祭典」

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