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About 川久保賜紀(連載第2回)

ヴァイオリニスト川久保賜紀のウェブ限定の連載「About 川久保賜紀」第2回はザハール・ブロンとの出会いや樫本大進、ピエタリ・インキネンからのコメントも。どうぞお楽しみに!川久保賜紀(以下 川久保)がヴァイオリンに打ち込むようになったのは、もちろん音楽好きの両親の影響があった。音楽が好きだったのに自分では習えなかった両親は、子どもたちには好きな楽器のレッスンを受けさせ、才能があれば本格的に名教師のもとで学ばせようと考えていた。やる気があるならできるだけ応援はする、その代わり「絶対ナンバーワンになること」というのが両親、特に父の方針だったという。

音楽性のほか、集中力にも恵まれた娘が順調に成長していく姿を見て、両親はアメリカだけでなく欧州でも学ぶチャンスを与えることにした。そこに登場するのがロシア出身のザハール・ブロンだった。ブロンは日本のヴァイオリン界でも名教師として知られる。川久保のほか、樫本大進(以下 樫本)、庄司紗矢香、神尾真由子、木嶋真優ら、錚々たるヴァイオリニストが彼の元から育っていった。川久保がブロンに学び始めたのは14歳のときのことである。当時ブロンが教えていたドイツのリューベックへ行き、マスタークラスなどに参加するようになった。教師によってはいろいろな解釈や指使いを提示し生徒に選ばせることもあるが、ブロンの教え方は徹底して自分の弾き方を叩き込むという方法だった。

川久保「ひとつひとつの音に、指の使い方、音の作り方、弓の使い方が決まっていて、それを徹底的に訓練させられました。初めてのレッスンではチャイコフスキーの協奏曲を教わったのですが、最初のカデンツァ(独奏部分)だけで45分間かかりましたから。『これで45分かかるのなら、これからどんなことが起きるんだろう、どんな世界に行ってしまうんだろう!』と思ったほどです」

アメリカで学びながらリューベックにも行く暮らしが始まった。そのころ、既にブロン門下にいたのが同い年の樫本である。彼はジュリアード音楽院から11歳でリューベックへ移り、ギムナジウムにも通っていたのですっかりドイツに馴染んでいた。
「賜紀はそのころからもの静かだけど明るくて、いつも笑顔でした。ふだんはやわらかい感じなのに、いったんヴァイオリンを弾き始めると情熱のこもった熱い女になるのがすごいギャップ(笑)。ステージになると燃えるというのは才能ですよね」(樫本)二人はアメリカで基礎を学んだ後にドイツに移ったという共通項がある。川久保はジュリアード音楽院で学び、時々ブロンのレッスンを受けながらも、18歳から本格的にドイツで学ぶ道を選んだ。

川久保「ドイツでは高校2年生が終われば大学に進めるので、そのタイミングを考えました。もちろんブロン先生の存在があったから決めたことですが、クラシック音楽をやっていく以上、どこかで絶対ヨーロッパの考え方とか場所の空気を知らなくてはいけないとも思っていたんです」

まずリューベックの高校に入学。それまで暮らしていたロサンゼルスやニューヨークに比べると本当に小さな街だったが、トーマス・マンがノーベル文学賞受賞作の『ブッデンブローク家の人々』で描いたように、ハンザ同盟都市としての伝統と誇りを持つ土地柄である。川久保は「何もなかったけど、とても好きな街でした」という。

川久保「リューベック音楽院に入学した後は普通の高校には通わなくなりました。最初は全然ドイツ語がわからなくて苦労したけれど、ブロン先生のところには優秀な仲間が集まっていたので楽しかったですよ。その後先生がケルン音楽大学に移られると、生徒たちもレッスンを受けにケルンまで通っていましたね。ブロン先生は若い時期にならっておくととてもよい先生だと思います。ロシア音楽、スペイン音楽、さまざまな民族音楽をよくご存じですし、フランスの小品も得意な方。ソ連時代のノヴォシビルスクのご出身で、ショスタコーヴィチにも直接会っていた可能性が高いんじゃないでしょうか」

ブロンには豊富な音楽経験と、教育への情熱があった。この時期から知り合った仲間に、日本フィルハーモニーの首席指揮者を務めるピエタリ・インキネン(以下、インキネン)がいる。ブロン門下の俊英たちは、北欧やスペインなど欧州各地へ師が教えに行くときは、一緒に旅をしてレッスンを受け、発表会にも参加しなくてはならない。
「私が最初に賜紀に会ったのは、97年だったと思います。ブロン先生のクラスは大きなファミリーのようなもので、無理に競争させることはなかったけれど、お互いの好奇心を高め合いながら刺激を与えるというやり方をとっていました。マスタークラスに参加できるのは選ばれた生徒だけ。ハイテンポな部分を軽快に演奏する技術については、すでに誰もが身につけていました。それに加えて賜紀は、曲想の静かなところ、歌うところをとても優美に演奏することができました。音色も独特で、最初に彼女の演奏を聴いてすぐに魅了されたことを思い出します」(インキネン)
インキネンはその後指揮の道に進み、川久保とは日本フィルのコンサートで共演を果たした。音楽を学ぶ若者たちはレッスンや演奏会以外でもよく一緒に行動し、大いに青春を満喫したという。

「賜紀がまだ16歳くらいのときに演奏したグリークのソナタはすごかった。僕はすっかり感動してしまって、いつも彼女にその話をするんだけど、本人は忘れてるんだろうなあ」(樫本)
情熱的な弾きぶりだが、必要な時には非常に冷静でいられることが川久保の良さなのだと樫本は言う。(第3回へつづく)

千葉 望(ライター)

About 川久保賜紀 第1回はこちらから
About 川久保賜紀 第3回はこちらから
About 川久保賜紀 第4回はこちらから

◆川久保賜紀のプロフィールなどアーティストの詳細
https://www.japanarts.co.jp/artist/TamakiKAWAKUBO



3月11日「川久保賜紀&小菅優 ブラームス ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会」へも足をお運び下さい。
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進化し続ける二人の実力派、夢の共演!
川久保賜紀&小菅優 ブラームス ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会
2019年3月11日(月) 19:00 紀尾井ホール
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