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【2019年7月来日】エリアフ・インバル インタビュー

2019年7月、ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団を率いて2年ぶりの来日ツアーを行うエリアフ・インバル。プログラムの曲目やオーケストラへの思いを伺った。――交響曲第1番《巨人》はマーラーが20代で書いた青春の交響曲(当初の形は5楽章の交響詩)ですね。

 私にとって本当に特別な曲です。なぜなら、この交響曲第1番と出会ったことで、マーラーを「発見」したからです。
 第1楽章の序奏はピュアな自然を表していて、マーラーの青春の思い出が深く関わっています。弦楽器がA(イ)の音を延々と弾く中に、鳥の鳴き声や遠くからのファンファーレが聴こえてくる。それらのモティーフは全楽章を通じて発展し、フィナーレでドラマティックに盛り上がります。
 第2楽章は3拍子のダンスですが、中間部は苦虫を噛み潰したような皮肉な要素が入ってきます。美しい音楽でありながら、醜い音が入り込んでくる。独創的ですね。第3楽章は民謡「フレール・ジャック」を短調化したメロディで始まりますが、中間部でマーラーの天才性が爆発しています。静寂の中で突然オーボエがクレズマー(ユダヤ系の伝統音楽)を始め、トランペットが皮肉な音色で応える。私がここでオーケストラにいつも言うのは「片目で笑って片目で泣く」音楽だということ。単純な楽しさ、悲しさではなく、全てが入り混じっている。やがて弦楽器が抒情的に歌い始め、本当にこの世のものとは思えない音楽になります。
 この第3楽章中間部の響きはマーラー以前のクラシック音楽には存在しなかったもので、まさに歴史を塗り変える新たな作曲法でした。
 第4楽章フィナーレには深い絶望も悲劇もありますが、やがて自然の中に希望を見出し、勝利を迎えます。ただし100%ポジティヴなものではなく、多くの要素が含まれ、戦い合っている。これこそが偉大な作曲家による音楽なのだと思います。

――マーラーの交響曲第5番は、かつては映画『ヴェニスに死す』で使われた第4楽章「アダージェット」ばかりが有名でしたが、今では聴く機会の多い名曲となりました。1902年、マーラーが42歳の年に書き上げた傑作ですね。

 交響曲第5番は「宇宙」です。マーラーの交響曲は全て自伝と言えるもので、自らの人生を曲に反映させています。先行世代の偉大な作曲家たち、ハイドンやベートーヴェンやシューベルトの影響を受けながら、伝統的な手法で曲を構築しています。しかし、マーラーの場合は表現がとても革命的で、当時の人々に大きなショックを与えました。
 第1楽章は「葬送行進曲」で、第2楽章も同じ雰囲気を持っています。リリックな楽想もありますが、喜びだけではなく悲劇の中にそれは存在しています。第3楽章「スケルツォ」には民謡、自然、抒情、喜び、悲しみ、人生のドラマなど全てが入っています。第4楽章「アダージェット」は愛の音楽。不安や葛藤を含めた愛の全ての要素が表れています。第5楽章「ロンド・フィナーレ」は喜び。ただし紆余曲折があり、疑問符につきまとわれながら、最後の大混乱の中で一つの勝利へ到達します。決して直線的ではなく、皮肉や風刺を含みながら音楽が運ばれる。マーラーの素晴らしさですね。

――ブラームスの交響曲第2番は、実は第1番よりも緻密に書かれた側面がありますが、おだやかで牧歌的な雰囲気を持っています。

 ブラームスの4つの交響曲の中でも、明朗で楽しく、メランコリーや悲劇が少ない作品です。第1楽章は純粋に自然の響き、神への祈りと愉悦に満ちています。第2楽章にはドラマと悲劇がありますが、やがて収束していきます。第3楽章は自然の素晴らしいサウンドであり、第4楽章は伸びやかな佇まいで、真の喜びがあります。――ワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》は、マエストロにとって思い入れの深い作品とのことですが?

 ワーグナーの作品は全てが素晴らしいのですが、中でも《トリスタンとイゾルデ》は格別です。前奏曲は冒頭から斬新なハーモニーで始まります。いつまでも答えを得られず、問いかけが永遠に続くような音楽。これは、世界に真実の愛は存在するのか、という問いと一体となっています。真実の愛がもし存在するなら、それは死の中にしかない。ワーグナーの素晴らしいアイデアですね。
 生きている間は決して本当の愛には到達できない。愛への憧れの不可能性。それが20世紀音楽への扉を開きました。《トリスタンとイゾルデ》はとてもモダンな音楽です。
 私はなぜ指揮をするのか。自分は指揮者を「職業」だとは思っていません。もちろん趣味でもなく、お金を得る手段でもありません。指揮は私の「運命」なのです。指揮をすると、偉大な音楽と一体となり、自分が宇宙の一部であることを感じることができます。そのために私は指揮をするのです。《トリスタンとイゾルデ》は、宇宙との一体感を最も直接感じることができる音楽の一つです。

――ワーグナーはもう1点、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第1幕への前奏曲も演奏されます。官能的で濃密な《トリスタンとイゾルデ》とは対照的な、輝かしく開放的な作品です。

 ワーグナーはオペラを作曲する際、台本も自分で書いていて、これはドイツ文学の上でも優れた業績となっています。中でも《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の台本は秀逸で、音楽なしで上演しても素晴らしいものです。
 音楽も充実していることはもちろんですが、第1幕への前奏曲は4時間かかるオペラ全体の要素を凝縮し、全ての要素が詰め込まれていることが魅力ですね。

――モーツァルトのピアノ協奏曲は、2年前の来日では第20番ニ短調でしたが、今回は第21番ハ長調を演奏します。第2楽章が映画『みじかくも美しく燃え』に使われたことで有名ですね。

 指揮者ゲオルグ・ショルティはこう言いました。「神の存在を証明するには2つのやり方がある。1つは自分の小さな娘の眼を見ること。もう1つはモーツァルト」。これは私も全く同感です。
 ピアノ協奏曲というジャンルは、モーツァルトによってパーフェクトなものになりました。モーツァルトは本当に難しい。まずシンプルであること。同時に深みがあること。しかし重くなってはいけない。古典的でクリアでなければならず、その中にノスタルジーや愛や喜びなど、様々なものが表現できなければなりません。モーツァルトを演奏することは天国に近づくことであり、神の存在を確信することなのです。

――ソリストのアリス=紗良・オットさんは、先日、難病(多発性硬化症)に罹っていることを公表しました。現在は医療が進んで日常生活に支障はなく、演奏活動を続けることも発表されましたが、メッセージをいただけますか?

 彼女と演奏するのはこのツアーが初めてです。録音をいくつか聴いて、とても気に入りました。音色が美しく、テクニックに優れ、豊かな音楽性をもつ方なので、共演が楽しみです。病気のことは悲しいですが、私は困難な状況と戦う人を応援したいと思います。音楽におけるベートーヴェン《英雄》交響曲のフィナーレのように。頑張ってほしいですね。

――マエストロとベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団との関わりは30年に及びます。オーケストラの魅力と特徴を教えてください。


 このオーケストラと出会ったのは1989年、ベルリンの壁が崩壊した年です(翌年、東西ドイツが再統一)。当初はいかにも「東ドイツ」のオーケストラでした。西側の団体とはメンタリティが異なり、もちろんプロフェッショナルとしての技量は備えていましたが、柔軟性に欠けるところがありました。
 その時、ベルリンには9つのオーケストラがあり、政治家からは数が多すぎるから統廃合せよ、という話が出ていました。ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(当時の名称は「ベルリン交響楽団」/2006年改称)も不安を抱えていましたが、私は彼らに言いました。「一生懸命やれば、絶対に文句を言われないオーケストラになる」と。実際その後、厳しいリハーサルを続けることで、半年後には音楽評論家からはクオリティの高さを評価されるようになり、それが今日まで続いています。
 現在のベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団は、音がまろやかで優しく、音楽の流れがスムーズな団体です。卓越した技術をもち、リズム感も良い。その意味ではベルリンというより、ウィーンのオーケストラの性格に近いですね。

取材・文/友部衆樹(音楽ジャーナリスト)
通訳/松田暁子

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巨匠インバル、渾身のマーラー!
ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
指揮:エリアフ・インバル ピアノ:アリス=紗良・オット

2019年7月10日(水)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
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