エフゲニー･キーシン　ピアノ･リサイタル

ロシア・ピアニズムへの熱い想い
キーシンもう一つの顔

　前回の40歳記念コンサートでそのヴィルトゥオーゾぶりを存分に発揮したキーシン。２年ぶりの来日公演では、どんな新しい顔を見せてくれるのか。
　バッハ、ハイドン、ベートーヴェン、さらにはショパン、リストといったロマン派にいたるまで、豊かな構成力と詩情に満ちたピアニズムで王道を歩むキーシンだが、一方で、その底にロシア・ピアニズムへの並々ならぬ愛が脈打っている。
　例えば、2013年10月から約１年に及ぶ世界ツアーでは、シューベルトのソナタ17番に加え、スクリャービンの「幻想ソナタ」、「12の練習曲」から７曲、さらにラフマニノフの協奏曲第２番などを中心に据えている。ドイツ・ロマン派のピアノの精華にロシアの傑作群を対置させたところに心憎い配慮をうかがわせる。
　もちろん、ロシアのピアニストが自国の作品を愛するのは当然なのだが、アントン・ルビンシテイン、ラフマニノフ、メトネル、スクリャービン、プロコフィエフら、ピアノの大家でもある作曲家たちが、その表現の可能性を追い求め、ピアノ後進国だったロシアをピアノ大国にまで押し上げた功績への一方ならぬ崇敬の思いがあるようだ。
　キーシンが25歳の頃、「20世紀で最も意識するピアニストは誰か」と尋ねたことがある。彼は即座に「ホロヴィッツが20世紀最高のピアニストはラフマニノフだといったそうですが、僕も全く同感です」と答えた。ここにもロシア・ピアニズムに連なる先達への深い思いが感じられた。
　スクリャービンについてもしかり。キーシンは幼い頃から「12の練習曲」などに熱心に挑んできた。若き日のスクリャービンがショパンを意識して書いた作品に、10代のキーシンは何を見ていたのか。
　キーシンが敬愛するもう一人の巨匠ホロヴィッツは、自分の「師」でもあるスクリャービンの練習曲のうち、「嬰ニ短調　作品８の12」を好んでステージで取りあげた。CDにも残るその演奏と、来日公演でのキーシンのスクリャービンとを聴き比べるのも一興だろう。

上坂 樹(音楽ジャーナリスト)