アンネ=ゾフィー・ムター ヴァイオリン・リサイタル

また女王に逢える

　女王に逢える。3年ぶりに逢える。艶（あで）やか、華やかなステージ・プレゼンスに抱かれる私たち。
　目に浮かぶ。胸ときめく。喝采が早くも聴こえてくるかのよう。ヴァイオリンを聴く喜びは、やはり晴れ舞台が似合うアンネ＝ゾフィー・ムターによって満たされるのではないか。
　選び抜かれた、といういつもの褒め言葉では表せない「思慮深く、しかも美しい」プログラムが用意された。彼女の輝かしい歩みを映し出した音楽が並んだ。聴こえてくるのは芸術的な信条、言うなればパフォーミングアーツの粋だ。
ピアノの序奏からして味わい深いモーツァルトの二重奏ソナタと、音楽への内なる尽きせぬ想いがついに溢れ出たかのようなシューベルトの奇蹟の幻想曲は、やはり大人による本物の演奏で体感したい。いずれもヴァリエーションが鍵を握る。となれば、女王ムターと彼女のヴァイオリンを知り尽くしたオルキスの出番である。2006年2月にミュンヘンで録音されたモーツァルトのソナタ選集の素晴らしさを挙げるまでもない。ロマンへの憧憬に満ち、大胆な転調も名技性も魅力となる歌人シューベルトの「幻想曲」を、どうぞお聴き逃しなく。
　近現代の作曲家と交歓し、創造の喜びを分かち合った女王ムターの姿も明らかにされる。2013年に生誕100年を迎えるポーランドの名匠ルトスワフスキ（1913～1994）のヴァイオリン芸術は晩年、ムターの演奏に触発され、さらなる高みに達した。ズッカーマンに捧げられ、ムターのために改訂された佳品「パルティータ」とは、ほほ緩む選曲だ。
　流麗な楽想も小気味よさもお任せあれのサン＝サーンスのドラマティックなソナタ第1番（1885）がプログラムを締めくくる。昨今の彼女の流儀だ。興奮を誘ってやまないアレグロ・モルトの「グランド・フィナーレ」まで、アンネ＝ゾフィー・ムターは、もちろん女王であり続ける。

奥田佳道（音楽評論家）