2014/12/2
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世界が注目する新進気鋭のピアニスト! キット・アームストロングに聞く Vol.2
ピアニストであり、作曲家として活躍するキット・アームストロング。彼の知性あふれるインタビュー第2弾をお届けします。
Q:いかなる分野であっても、人類が築き上げた「伝統」を学び身につけることは、困難な道のりです。 音楽のみならず数学も勉強されて、学位をお持ちです。子供のころのアームストロングさんには、きつい毎日ではありませんでしたか?
K.A:伝統の総体というのは、膨大な知識の世界かも知れません。ですが、私の経験を申しますと、まず最初に、数学なら数学の、ひとつの論題の本を読んでみて、「う~ん、難しいな。」とは、思うのです。最初の一冊が、おそらく、いちばん時間がかかります、理解するのにね。ですけれど、そうやって最初の定理なり、法則なりを理解すると、それから派生した他の情報というのは、かなりスピードを上げて理解していくことが可能になります。単純に情報の分量に比例して、勉強する時間がかかる、ということではありません。全体を俯瞰するための重要な材料、というような、そういう部分があるのです、そこを押さえるのです。ものによっては、その「最初の材料」を身につけるために、一冊の本を理解するのに1時間なり、10時間なり、あるいはもっと長い時間がかかったとしても、その部分がすでに法則として自明のものになってしまえば、そこをふまえて発展した研究なり創作なりは、すぐにわかる、見抜けるようになるのです。けれども、その基礎の部分が脆弱なままだと、おそらくのちの部分で困難が生じて、思いの外時間がかかったり・・・ということになるのでしょう。そんな「基礎固め」は、演奏家がよい演奏をしようと思うなら、けして省いてはいけないものです。
Q:ある分野の全体を見渡す目線ができると、すべての細部にも無理なく目が届く、ということでしょうか?
K.A:そうです。その全体がもつ情報の量は、とても豊かですね。音楽における探求は、いわば、「あらゆる音符のもつ意味を探り、理解する」ことです。その際に、積み上げた知識が大きな力を持つのです。
Q:数学と、音楽。同じようにお好きで、エネルギーを注いでいるのですか?あるいは、どちらのほうが好き、という差はありますか?
K.A:知的な興味、という意味では、どちらも同じように好きです。数学で得た知識が音楽にも役立ちます。ですが、音楽にはさらに、人の前でパフォーマンスをする、という楽しみがあります。これは、楽しいです。どちらのほうがより「やりたいな。」と感じるか、と問われれば、いまの私にはそれは音楽のほうです。
Q:アルフレード・ブレンデル氏との関係について、お聞かせください。出会いは、いつ、どこででしたか?
K.A:初めてお目にかかったのは、2004年です。私がフィラデルフィアで演奏したおりに、ブレンデル氏はそれを聞いてくださり、終演後、知人を通して紹介されました。その翌年、2005年にロンドンでまたお会いし、そのときから、師弟関係が始まったのです。
Q:よい先生ですか?
K.A:なにを教わるかによって、その答えは変わってきますが。私が今日まで習った先生たちは、それぞれが違った内容を教えてくださいましたが、ブレンデル氏から私が教わったことは、多くは音楽の哲学に関することがらです。つまり、それぞれの楽曲に、どのようなアプローチをするべきのか、という命題ですね。演奏の実践にさきだち、準備の段階で、真摯であること。彼の最大の教えです。つまり、作曲家が意図として楽譜に込めていないことを、自分の手で勝手に奏してしまっては、それは、「よくない」「奇妙な」演奏になるのであって、「誠実な」演奏から遠くなってしまう、ということですね。音楽をショーアップしたいという気持ちが働くと、誠実な演奏はできないのです。また、ただのべつまくなしに演目だけを陳列棚に並べるような演奏をするのも間違いです。本質はどこにあるのかを、坦懐にもとめ、そして本質に辿り着くことを信じて、演奏にあたる。ブレンデル氏の優れた点は、それを教えてくださったことです。楽譜の内側、奥深くには、なにが書かれているのか? この音が存在しているのはなぜなのか、どうしてこの音に意味が、価値があるのか? 人々の心を動かすためには、そんな誠実で丁寧な作業を怠ってはならない。そのことを教わりました。
Q:世界一流と言われる多くの演奏家の中にも、いまおっしゃったような丁寧な仕事をめざしている方々と、また、たとえ陳列棚に音楽を並べてみせるような仕事でも、むしろそれもひとつの意味と考え、忙しい演奏スケジュールを精力的にこなしているタイプの方々もおられますね。ひとつ伺いたいのですが、では、もし、作曲家の意図に対して最大限忠実に演奏を試みようとした場合、最終的にはステージで音を出す方法はひとつに絞られると思うのですが、いくつか、「こうも弾いてみたい、でも、あの方法もあり、かな・・・?」など、複数の選択肢、または、迷いは、ないのでしょうか?
K.A:そこは、みなさんが興味をもたれる点に違いないでしょうね。私は、「毎日、違うアプローチになります。」とお答えします。たとえば、何百ピースもあるパズルを作るとき、最終的にこういう絵に仕上がる、仕上げたい、ということが見えていても、ひとつひとつのピースをどこに入れようか、ああしようか、こうしようか・・・と迷いますよね。そして、一緒にそれを作っている人たちと、ああでもない、こうでもない、と議論しますよね。私がみなさんとやりたいのは、そんなカンヴァセーション《対話》にほかなりません。ある楽曲を演奏するときに、この音は、ここの部分は、こういう弾き方もある、でも、こちらの弾き方をどう思うか? という、数限りないアプローチを、その豊かさを実感しながら、探ってみたいのです。幾何学に例えますとね、最終的に辿り着く結論は一つだったとしても、そこに行き着くために、多様なアプローチがあります。それと、同じことです。大切なのは、パズル全体が示す意味です。ひとつのピースだけが、そのすべての意味を決定づけるわけではありませんよね。音楽史の総体は、ほんとうに多くの人たちが作り、練り上げてきた、知識・叡智の全体像です。たったひとつのピースに置き換えられません。そのわたしたち全員にかかわる「産物」の、「ほんとうのところ」は何なのか。客観性をしっかりと持ち、試みを続けたいですね。
Q:演奏家として、すでに多くの経験をお持ちですが、なかでももっとも思い出深い体験は、何ですか?いつ、どなたと?
K.A.:はい、すでに数え切れないぐらい公演をしてきましたが、演奏そのものよりも、どういうプロジェクトだったか、ということが、自分には心に残りますね。すでにいまお話した、そして今回日本でも演奏する、「フランツ・リスト・プログラム」、これを考えたときはとても有意義でした。プログラムにどのようなメッセージを込めようか、という、発想の面白さです。2011年に、まずドイツで演奏したこのプログラムですが、自分がメッセージとして込めたものが、聴衆のみなさんに届いた、と思いました。人々がなにかを学んでくれる、という実感は、私にとってかけがえのないものです。行う価値のあることを、自分は、やったのだ、と思えるからです。この「リスト・プログラム」は、好評で、その都度細部に変更を加えつつ、継続しているんです。
もうひとつ忘れ得ないのは、ソニーから発売になった、バッハのコラール前奏曲集の録音ですね。2013年5月のことです。バッハのコラール前奏曲集は、あまり、今日の演奏家に好んで演奏されません。けれども、私は、もっと演奏されるべき曲だと思ったのです。もともとはハープシコード、パイプオルガンのために書かれた曲集ですので、そのことが、ピアノの演奏家たちから敬遠される理由かも知れません。ですが、現代のピアノでしたら、この曲集を演奏することはピアノでも充分可能です。それを証明するためにも、もっとみなさんがお弾きになればよいのに、と思います。その先陣を切ってCDを製作できたこと・・・これも、忘れられない体験です。バッハの偉業に、少しでも、報いることができたでしょうか。
Q:アームストロングさん、今日は、たくさんの興味深いお話、感謝いたします。最後にぜひ日本の聴衆にメッセージを。
K.A:こんなに多くの土地へ旅する機会に恵まれ、その体験が自分のオープンな人間性を作るのに役立っていると思うと、自身の幸運を思わずにはいられません。そんな流れで、日本にも伺えることを、とても嬉しく思います。初めて共演するオーケストラのみなさんや指揮者の方のみならず、東京の町そのもの、そしてなにより、聴衆のみなさんとの出会いに、期待しています。
Q:ありがとうございました。
K.A:こちらこそ。それでは、3月に。
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~私が出会った最も類稀なる才能~- アルフレッド・ブレンデル –
2015年3月5日(木) 19時開演 浜離宮朝日ホール