2012/10/31
ニュース
“地中海気質”あふれるソフィアの『カヴァレリア・ルスティカーナ』
山崎睦(音楽ジャーナリスト ウィーン在)
『カヴァレリア・ルスティカーナ』はイタリアのシチリア島を舞台に繰り広げられる世話物悲劇で、地理的に同じくヨーロッパ最南部に位置するブルガリア人には、非常に共感できるところがある。ブルガリアは北側がドナウ川をはさんでルーマニアと、西から南にかけてはセルビア、マケドニア、ギリシャ、トルコと国境を接し、東側が黒海に面している。この内海は直接、地中海に繋がっているから、シチリア人とは“地中海気質”という点で似ているところが多々あり、だからソフィア国立歌劇場で『カヴァレリア・ルスティカーナ』が上演されるときは、ステージ上の演じる側、オーケストラに一段と気合が入いり、さらに客席も引き込まれて会場が熱気で盛り上がるのだ。血が騒ぐ、というのはこのことだろう。
演出を自(みずか)ら担当した“辣腕”プラーメン・カルターロフ総裁は、今回の『ジャンニ・スキッキ』との一幕もの2本のユニークな組み合わせについて、「一般的には『道化師』と組み合わせることが多いですが、これは単なる習慣上のことで、他のコンビネーションも当然考えられるところです。それと『道化師』だと悲劇2本が続き、お客様の気分も暗くなる一方でしょうから、今回は、まず悲劇でスタートして喜劇で締めくくり、皆さんにスッキリした気分で劇場を後にしていただきたいと考えてのことです」と得意げだ。総裁によるステージではドラマ当日、復活祭の聖体(キリスト像またはマリア像)行列を再現し、お祭りのイルミネーションで飾るなど、地中海の空気感を色濃く醸し出し、血の気の多い、まさに“地中海気質”の登場人物たちの愛憎、嫉妬が渦巻く濃厚なドラマが繰り広げられる。
<中央:指示をするカルターロフ総裁>
一方、同作品において音楽的にもドラマトゥルギー(作劇)上も重要なのが村人たちに扮した合唱であって、ギリシャ劇のコロスのように、ときには背景のような傍観者であり、ときには積極的にドラマに参加する役割を果たしている。ここで“合唱王国”として世界的に知られるブルガリアの、そのエキスパートたちが集まるソフィア国立歌劇場合唱団の威力が発揮できる最適の作品が『カヴァレリア・ルスティカーナ』に違いない。日々のトレーニングはもとより、本番では毎回ステージの袖からペンライトを使って彼等を指揮しているヴィオレータ・ディミトロ-ヴァ合唱監督(コーラスマスター)によれば、「以前よりメンバー数が少なくなっていますが、パワーを減じることなく、いや、それだからこそ一人一人が自覚して、よりゆたかな響きを作り上げることに成功しています」と胸を張る。
主役のサントゥッツアを歌うラドスティーナ・ニコライエヴァは、今回の日本客演では『トスカ』も歌う若手随一の注目株。相手役、シチリアの伊達男に扮するトゥリッドゥにはマルティン・イリエフが登場し、輝かしい声で会場を魅了してくれるだろう。それもそのはず、彼は目下ソフィアの重要プロジェクト、ワーグナーの『ニーベルングの指環』で史上最強の英雄、ジークフリートを歌う実力者であり、今回は『トスカ』のカヴァラドッシ役でも出演する、ソフィアの看板歌手だ。
<左:ラドスティーナ・ニコラエヴァ 右:マルティン・イリエフ>
ソフィアが誇る圧倒的な声の持ち主たちによるステージは、これこそオペラの醍醐味を十分に堪能させてくれるに違いない。