2012/11/7
ニュース
ソフィア国立歌劇場公演レポート“哀しみと笑いのドラマを満喫”
情熱的な前奏曲から、青春の熱にうなされたような濃密なドラマの気配が空間を満たしていく。「カヴァレリア・ルスティカーナ」はマスカーニが27歳で書き上げたオペラなのだ。ソフィア国立歌劇場のオーケストラは、温かみのある懐かしさを湛えた響きで、シチリアを舞台にした「田舎の騎士道」の物語にふさわしい、素朴なロマンティシズムを醸し出す。復活祭の華やぎをあらわす、星空のような舞台のイルミネーションがとても美しい。
間髪入れずに、トゥリッドゥがローラへの愛を歌い上げる「シチリア舞曲」がハープ伴奏とともに続く。テノールのコスタディン・アンドレーフの朗々とした歌声は、往年のディ=ステファノに通じる明るさがあり、仄暗い情念を含んだサントゥッツァ役のソプラノ、ゲルガナ・ルセコヴァとの対比がいい感じだ。衣裳も、喪服を連想させるサントゥッツァの黒装束と、現代風のトゥリッドゥのスタイルが「重さ」と「軽さ」、「暗さ」と「明るさ」を象徴しているようだった。
カルターロフ演出では、物語の中心にいるのは恋人に裏切られたヒロイン、サントゥッツァだ。最初から最後まで、彼女に感情移入するドラマ作りが強調されている。トゥリッドゥは軽薄な裏切り者で、人妻ローラはその共犯者だ。トゥリッドゥの残酷さは、サントゥッツァとの喧嘩の二重唱(?)「いえ、いえ、まだここにいてトゥリッドゥ」で最高潮に達する。ここで不実な恋人は、愛のさめた女を思い切り足蹴にするのだ。思い出すのは、セラフィン指揮によるカラスとディ=ステファノのデュエットで、微妙にスタイルの違う二人の歌手の歌声が、みごとな「会話」として成立しているのだが、ルセコヴァ&アンドレーフのコンビでも同じことが起こっていた。この激しいシーンは、ヴェリズモ・オペラの象徴であり、オペラそのものだ。永遠に平行線の男と女のすれ違いが、愛の歌と錯覚してしまうような三拍子の美メロによって歌われるのだ。本当に素晴らしい。ゲネプロということもありアンドレーフはやや抑え気味だったが、ルセコヴァは声楽的にも演技的にも振り切っていた。
マスカーニのこのオペラで「第三の主役」ともいえるのが村人たちの合唱。ソフィアの歌手たちも美しい歌声でシチリアの復活祭を再現した。有名な「オレンジの花香り」「家路を、みなさん」も、爽やかに聴かせる。きっちりとした均一性よりも歌手の個性を生かしたコーラスで、突出した輝かしい歌声が美しく響き渡るのも「歌好きの国」ブルガリアらしい。復活祭の祈りを歌う合唱「レジナ・チェリ」、その旋律を引き継ぐオーケストラによる「間奏曲」も心に残った。
「ジャンニ・スキッキ」は、前半のマスカーニの後に聴くと、プッチーニの熟練と洒脱がことさらに強調されるようで、冒頭から興奮してしまう。プッチーニ後期の、円熟の極みにあった「三部作」のひとつだが、モティーフの組み立て方が天才的で、うねるような重層的なオーケストラが耳に快い。なるほど。この二作(若きマスカーニVS老練なプッチーニ)を組み合わせたカルターロフのセンスはなかなかのものだ。
遺産相続を目論んで死んだ富豪のベッドに群がる親族たちを、割って入ってくるジャンニ・スキッキが大迫力。ウラディーミル・サムソノフは誰よりも立派な体格で、バスを思わせる凄みのあるバリトンを聴かせる。役者としての説得力も素晴らしい歌手で、彼のもつ雰囲気が、舞台全体をぐいぐい引っ張っていくのが伝わってくる。合唱はなく、主要な歌手が十数人ほど登場し、一幕に凝縮された時間の中でキャラクターを発揮していくのだが、なんとこれは、とてもよくできたアンサンブル・オペラなのだ。ブォーゾの従姉妹ツィータ、甥ゲラルド、その妻ネッラ、従兄弟シモーネ、その息子マルコ、医師、公証人、靴屋、染物屋…これらのけったいな登場人物が、漫画のようなジェスチャーと誇張された声色で「金の亡者」としての己の本性を見せつけていく。こんな細工の凝った工芸品のようなオペラを、プッチーニもよく書いたものである。
古色蒼然とした遺産相続人を尻目に、青春を謳歌しているのが若き青年リヌッチョと乙女ラウレッタだ。テノールのダニエル・オストレツォフとソプラノの小林沙羅が好演した。トランペットのように高らかに歌うリヌッチョによる「フィレンツェは花咲く木のように」は聴きどころのひとつだ。そして、このオペラの最大の聴きどころといえば、ラウレッタが歌う「わたしのお父さん」。小林沙羅は、激しい一連の動きの後に、誰もが楽しみにしているこの曲を表情豊かに歌い上げた。この歌を聴いているだけでこみ上げてくる至上の幸福感は一体何なのだろう? 作曲家のメロディーメイカーとしての天才ぶりに感服する。
天蓋つきベッドと階段が一体化した回転する装置が、このオペラでは大活躍。この大きな物体を、遺産相続人たちは手動で(!)ぐるぐる回しながら、自分たちの堂々巡りを強調していく。ホコリだらけの暗く朽ちかけた室内は、「遺産」の重みに汲々しているイタリアという国のようにも見えた。
人間の滑稽さ、強欲、愚かさと抜け目なさをたっぷり見せつけて、ジャンニの神妙な後口上によってオペラは幕を閉じる。ダンテの「地獄編」に捧げられたドタバタ喜劇のラストは、なぜか泣けて仕方なかった。人は可笑しすぎても泣けるものらしい。歌手全員の集中力もとても素晴らしく、ステージは生き生きとした力に溢れていた。
小田島 久恵(音楽ライター)
≪ソフィア国立歌劇場「カヴァレリア・ルスティカーナ」
「ジャンニ・スキッキ」の公演情報≫
[公演日程]
□11月11日(日) 17:00 千葉県文化会館
□11月15日(木) 18:30 東京文化会館