2015/10/9
ニュース
ブルガリア国立歌劇場 リハーサル日インタビュー
10月8日、ドレス・リハーサルがあったこの日、劇場の総裁カルターロフ、指揮者のパリカロフ、そしてイーゴリ公役のトリフォノフにインタビューを行いました。
プラーメン・カルターロフ[劇場総裁・演出家]
ブルガリア国立歌劇場の総裁であり、演出家も兼任するオペラハウスの「顔」プラーメン・カルターロフ氏。『イーゴリ公』では、あっと驚くようなシンボルや視覚効果を使い、15世紀末のロシアの物語を観客に鮮烈に印象づける。オペラを愛し劇場を愛し、その探究心に溢れた表情は少年のようでもあった。素晴らしく博識な人物である。
『イーゴリ公』の舞台では、背景に大きな指輪のような円が浮かんでいて、それはイーゴリ公が出陣する日に起こった日蝕を表しているようにも見えます。
「あの丸いフープは、日蝕の暗示でもあり、キリストの後光のシンボルでもあります。円の中にキリストの顔が浮かぶこともあれば、消えて円だけになることもある。自然現象と、神的な警鐘の意味を持っているのです。イーゴリ公は「戦争に行ってはいけない」という暗示を無視しましたが、その暗示は超自然的なものと、キリストからのものという、二重の意味があったのです」
ビザンチン美術のキリストのアイコンがとても美しく使われています。前回2012年の来日公演の『トスカ』でも美しい絵画が使われていました。カルターロフさんは美術に大変造詣が深いのではないですか?
「演出家はすべての時代のすべての芸術に詳しくあるべきなのです。私が特別ではないと思いますよ。色々な様式を知る必要があります。絵画でいえば『トスカ』はカソリックの象徴的な図像を使い、『イーゴリ公』ではより古いものを使いました」
『イーゴリ公』は15世紀を舞台にしたオペラですが、このような「古い」時代の物語はどのようなものを参照して演出をするのでしょうか?
「音楽がすべてです。音楽を聴いて、そこから浮かび上がるヴィジョンを絵にしていきます。スコアがすべての鍵を握っているのです」
色々な「取材」を行う演出家が多い中、音楽からすべてをイメージするというのは、天才的だと思います!
「オペラはそれを作った作曲家のアイデアがすべてを握っていて、演出家はそれを正しく読み取り、観客に伝える使命があるのです。個々の解釈より、ヴィジュアリゼーションが重要ですし、音楽はそれだけ私にとって神秘的なものなのです」
現代的な「読み替え」の演出についてはどう思われますか?
「そのような演出が、日本で上演されているとしたら、お客さんはどのような反応をするのか…とても興味があります。先ごろ私が演出したワーグナーの『リング』は、作曲家の母国であるドイツでも好評を得て、中には「今まで見た中で一番のリングだ」という感想もありました。日本の皆様にも観ていただきたいですね」
それは純粋に音楽からインスピレーションを得たものだったのですね。この歌劇場はオーケストラも大変素晴らしいのですが、指揮者とオーケストラをどのように評価していますか?
「私のオーケストラであり、私の指揮者ですから大好きに決まってますよ(笑)。私は先日ノーベル賞を受賞された梶田さんの言葉をよく覚えています。『私はチームの一員として研究をている』と仰られました。私もまったく同じです。たった一人のスターによって成立している歌劇場ではなく、オーケストラ、ソリスト、合唱、指揮、演出がアンサンブルであることが大事です。この歌劇場は、何よりもチームワークが評価されているのだと思います」
グリゴール・パリカロフ[指揮]
『イーゴリ公』ではボロディンが書いたロシア的で雄大なスコアを、ダイナミックなスペクタクルとしてオーケストラが描き出す。ブルガリア国立歌劇場の指揮者グリゴール・パリカロフは、オケから色彩豊かなサウンドを引き出し、約三時間のオペラを全く飽きさせないエキサイティングなものにしていた
素晴らしい『イーゴリ公』でしたが、ブルガリア国立歌劇場のオーケストラはどのような特徴がありますか?
「現在の我々のレパートリーの中で、今一番多いのは実はイタリアオペラなんです。社会主義だった頃は…80年代の末頃までのことですが、ロシアオペラをたくさんやっていました。ですので、伝統的にはロシアものの基礎があり、社会主義の終焉とともにイタリアものをやるようになったのです。最近ではさらに、ドイツ・オペラや『ウェルテル』のようなフランス・オペラも演奏するようになりました」
オールマイティですね! ボロディンの音楽もとてもエキサイティングでした。
「このオペラハウスの中にもロシアの伝統がありますし、ブルガリアとロシアの音楽には共通点も多いと思います。次シーズンはロシアのオペラとバレエをやります。『エフゲニー・オネーギン」と「火の鳥」です」
パリカロフさんは『イーゴリ公』も『トゥーランドット』も振られます。
「性格的には異なるオペラですが、共通点があるんです。作曲家自身が途中で亡くなってしまい、ボロディンはグラズノフが、プッチーニは弟子のアルファーノが完成させているんです。偶然なのですが」
そういえばそうです! 総裁のカルターロフは演出も手掛けていますが、音楽面と演劇面ではどのような協調関係がありますか?
「カルターロフ氏と最初に『イーゴリ公』を作ったのは、スロベニアの劇場でした。そこから沢山発展していきましたね。彼とは15作品くらい一緒に作っています。実は、17年前に初めてオペラを振ることを薦めてくれたのもカルターロフなんですよ」
それまではオペラを振られていなかったのですね。シンフォニーと違う難しさはどこにありますか?
「オペラは色々な動きとともに音楽を作っていくという難しさがありますが、バレエはそれ以上に難しいのではないかと思います。私は難しいことが大好きなので、オペラもバレエも大変楽しみながら指揮をしています」
スタニスラフ・トリフォノフ[イーゴリ公役バリトン]
長身で堂々たる体躯、パワフルな美声のバリトンで主役イーゴリ公を歌ったスタニスラフ・トリフォノフ。衣裳とメイクをとると、とても穏やかな雰囲気になる。ベラルーシ出身で、10年間で7つの賞を得たのち、世界的な歌劇場で活躍をしている。
圧倒的なイーゴリ公を演じられました!
「ブルガリア国立歌劇場とは、このオペラと『サムソンとデリラ』で共演しました。ミンスクの歌劇場で『イーゴリ公』を歌ったのを総裁のカルターロフさんがご覧になって、認めていただいたのだと思います。そこから、一緒にやることになりました」
イーゴリ公を初めて歌ったのは何年前ですか?
「5年前です。声楽的に難しいのはやはりアリアです。お客さんを目の前にして、一音一音に責任をもって歌わなくてはならない。緊張しますが、やりがいもあります」
非常に勇敢で高潔な役ですが、どのように役を作っていかれるのですか?
「これはロシアの音楽で、ロシア的なおおらかさやスケールの大きさが求められ、パワフルな声が必要です。それに応えられるよう準備しました。私はロシア出身ですし(笑)」
(笑)本当にロシア的な音楽だと思いました。
「ボロディンが18年かけて書いた作品で、ロシアでは一番ポピュラーなオペラです。人気も知名度も高いのです」
さきほど5年前にイーゴリ公を初めて歌われたと仰られましたが、5年前と今とでは変化した点はありますか?
「私の人生の様々な変化が、音楽と演技に影響しています。この5年の間には息子が生まれましたから、イーゴリ公の親の立場というものも考えます。曲の解釈に、色々な違いが出てきていると思います」
インタビュー:小田島久恵(音楽ライター)
PHoto 三浦 興一
ブルガリア国立歌劇場 2015年日本公演
プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」10月10日(土) 15:00 東京文化会館
ボロディン:歌劇「イーゴリ公」10月11日(日) 15:00 東京文化会館
⇒ 公演の詳細はこちら