2016/2/10
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オペラ「夕鶴」 佐藤しのぶ インタビュー
オペラ「夕鶴」つう役 佐藤しのぶのインタビュー
─ 長く望まれていた「夕鶴」のつう役を、前回2014年のこのプロダクションで遂に歌われた経緯は?
お引き受けしたのは、『夕鶴』をいつか私に歌ってほしいと生前おっしゃってくださっていた作曲者團伊玖磨先生に恩返しをしたいという強い思い、そしてもう一つは今だからこそ、この作品の普遍的なテーマを伝えたい、そんな名作だからです。
─ このプロダクションの特徴は?
演出に歌舞伎界の市川右近さん、そしてアシストいただいた飛鳥流家元の飛鳥左近さん、美術に日本画家の千住博さん、衣装に森英恵さん、照明に成瀬一裕さんという夢のようなメンバーと共に未来の扉を開いた『夕鶴』です。伝統的なこれまでの『夕鶴』は、民話を基本とした世話物の演出で舞台上には雪の中に藁ぶき屋根の小屋があり、囲炉にお鍋、そこで与ひょうとつうが繰り広げる生活を通して2人の愛情を描いて来ました。でも今回は、あえて舞台には何もありませんし、着物も着ません。誰も想像しなかった世界観だと思いますが、よりオペラの音楽に傾注していただき、改めて團先生の音楽の素晴らしさとそのスケール感、つまり、この作品の時空を超えた人間の普遍的なテーマをよりはっきりお伝えできればと願っています。
─ 今回の再演で何か変化は?
この名作を素晴らしい上演として皆様にお届けしたい、という歌い手はじめスタッフ一同チームの熱い思いと結束感があります。初演時のツアー中も、毎回公演毎に稽古を加え、ひたすらより良い公演を目指し時間を忘れ猛練習しました。そういうチームですから、前回よりも内容は確実に向上していると思います。初演の際は、各々の頭の中に“こういうものを創り上げてみたい”というイメージはあるものの、それが舞台上で最終的にどう融合するのか暗中模索だったところもありました。でも今回は、同じゴールを目指す“同志”の皆さんと確信を持って精度を上げて行くことができます。
─ 「夕鶴」を、いま上演する意味は?
今だからこそ、特に観ていただきたい作品です。この『夕鶴 』は時代や国を超えて人間みんなが持っている普遍的なテーマを軸としているからこそ、今尚愛され国民的オペラと言われる圧倒的上演回数を重ね続けているのでしょう。第二次世界大戦後70年を迎えて世界は平和に向かうどころかより危機感と混乱に満ちています。世界は豊かになっていくように見えながら、人間同士は信頼や愛を失う混沌の時代に向かっています。だからこそこの作品のメッセージが今一層強く響くのではないかと思うのです。 日本でも原発事故で故郷を失ってしまった悲劇は、誰もが求める小さな幸せが、何か大きなものに壊される『夕鶴』の物語と重なります。子どもの頃から知っている物語に込められた、その深い人間のテーマは、今オペラを通して私達に問いかけてくるのです。
─ 「夕鶴」の音楽的な魅力は?
團先生の人間性の大きさや教養の深さから生まれた音楽の魅力、それは先生の哲学を含む世界観やスケール感、色彩感であり、それらは時空を超え訴えてきます。特にこの『夕鶴』の魅力は一瞬で私たちの先祖につながるような、素朴で心が温まる響きや、懐かしい匂い、また時に宇宙空間を彷彿とさせるスケール感を味わっていただけることでしょう。さらに團先生は日本の中で最も歌や声の魅力を熟知された作曲家。だからこそ、この作品が日本のオペラの名作として今も私達の心を捉えて離さないのでしょう。またプッチーニやワーグナー的な面もありながら、團先生の音楽そのものであり、ハーモニーを聴けばすぐに團先生の作品と分かります。
─ 佐藤さんが考える「つう像」とは?
つうは鶴の化身であり、鶴は天界の象徴だと思います。つうは与ひょうを愛するためだけに人間界に降り立った神秘的な存在。女性に見えるけれども、天界から来た善なる純粋な存在だと思います。
─ 実際つう役を歌われての苦労や魅力、さらに今回変化することは?
命を助けてくれた与ひょうのもとへ、人間の女性の姿となって現れる鶴の化身・つうは、日本人のソプラノなら憧れる役であると同時に、大変難しい役です。先ず役柄が、人間ではない上、つうのパートが大変重量があります。これは木下順二先生との台本を一言一句変えずに、團先生がオペラ化された時のお約束から生じた事で、休憩含め、オペラ上演でのバランスに多少問題を孕むことになったのです。(例えば一幕につうのアリアは3つあり、第二幕にもつうのアリアが一曲あります)團先生に以前伺った言葉があまりに印象的で、つうが登場する最初のシーンは、高い「ソ」の音から始まります。團先生は?その最初の「ソ」は宇宙で命が誕生した音。続く「ファソラシラソ」で、その命が鳥になる。そして、次の「ソミ」で振り返った時に女になって、そこで「あんた」と言葉を発するんだよ?と教えてくださったのです。それを最初に伺った時は、震えるほど感動しました。と同時に、その冒頭の数小節にさえ、先生のそれだけの思いが込められているのですから、作品全体にはどれだけのものが詰まっているのかと考えると、とても歌うことは緻密な努力と勇気が必要です。これまで、私も様々な方々の愛に育まれてまいりました。そのことに心より感謝し、今の私に表現できるかぎりの「つうの想い」を精一杯歌わせていただこうと思います。
─ 与ひょう役も重要ですね?
『夕鶴』は与ひょうのモチーフで始まり与ひょうのモチーフで終わります。つまり私はこの作品は、タイトルは夕鶴ですが、与ひょうが主軸と考えます。彼がいなければ、つうは存在しません。ですから、与ひょうは純粋で素朴。無欲で無垢な子供のような人。何の報いも求めず、無心で鶴を助けた 。助けられた鶴は、そのあまりの魂の美しさに心打たれ、与ひょうのもとにやって来る。思うに、純粋な与ひょうは、人間とも鶴とも、つまり、自然界全てと繋がることができる人なのでしょう。
─ 最後に、まだご覧になっていない方に向けて一言。
この度の『夕鶴』の舞台は、未来の扉を開く文化的な財産だと思います。ですから是非ご覧いただきたいです。今後も夕鶴の「伝統的な演出」は必ず継承されてゆく事でしょう。そんな中で、楽譜に書いてある、いつともしれない物語、どこともしれない雪の中の村、というキーワードから、創り上げた私達の『夕鶴』。時空を越えた人類の普遍的なテーマを團先生の音楽が私達に問いかけてくれます。シンプルで洗練された美しい世界で繰り広げられる悲しい物語。私たちも「までい」の心で名作に挑みますので、是非ご覧いただければと思います。私達がどこかでふと忘れていた大切なものに改めて出会えるかもしれません。
※注釈: 「までい」
“両手でくるむように真心を込めて大切に” という意味の福島県飯館村の方言。
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オペラ「夕鶴」2016
2月14日(日) 15:00 神奈川県民ホール
3月24日(木) 14:00 東京文化会館
3月27日(日) 14:00 東京文化会館