2013/4/2
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【インタビュー(2)】ミヒャエル・ザンデルリンク(ドレスデン・フィル首席指揮者)
Q: ありがとうございます。ベートーヴェンの7番についてはいかがでしょう。
MS: ベートーヴェンの交響曲第7番、これは、特別なシンフォニーですね。有名な「神聖化されたダンス」というワグナーによる形容がありますね。たいへん活き活きしているかと思えば、第二楽章などは葬送曲のような趣があります。そのコントラストが私の興味を引きます。ベートーヴェンが意図したフレージングを追求したいのです。オーケストラや指揮者によっては、各小節の出だしをすべて強調して演奏をする場合がありますが、私はそれを好みません。ベートーヴェンはあきらかに、2小節ごとにまとめている、と見るからです。ところで、ブラームスの第1番も、ベートーヴェンの第7番も、これらの曲が書かれた当時のオーケストラにとって、とても大きな挑戦と言えるものだったのです。そのころは、オーケストラの規模も小さかったですし、演奏技術もまだ十分ではありませんでした。すべてのオーケストラが、現在ほど進歩していなかったわけです。水準が上がった現在でもこれらの演目の演奏は「挑戦」なのですから、当時の指揮者はさぞ骨が折れたことでしょう!(笑)。
Q: 曲が書かれた当時、まったく新しい作品だった、ということなんですね。
MS: はい、そうです。スコアが斬新だったのみならず、使用楽器の調整の方法も、現在のレベルよりは相当低かったわけでしょうからね。
Q: いま、ちょうど楽器のお話が出ましたね。その点についても質問があります。現在、いわゆる「ピリオド・インストゥルメント」、「古楽器」と呼ばれる、作曲家が曲を書いた当時の楽器で演奏する、という動きがあり、楽器の研究もさかんです。賛否両論あるかと思いますが、ずばり、マエストロのご意見はいかがなものでしょうか?100年、200年という月日を遡って書かれた曲を、まったく当時の楽器を用いて演奏するのが正しいのでしょうか、それとも、技術的に進んだ現在のものを使うべきでしょうか?
MS: 私は、現代の、技術的に進歩した楽器を使うべきだと思っています。ただし、その進んだ楽器を用いて「かつての音」を表現するべきで、また出来るはずだ、と思うのです。たとえば、病気やけがの治療を例に考えてみてください。あなたは、お医者さんに治療してもらうときに、何百年も前の医療器具を使って欲しい、そのほうがいい、と頼んだりしますか?
Q: いいえ、絶対にしません、そんな、恐ろしい!
MS: そうでしょう、そうでしょう(笑)。それと同じことなんです。けれども、そんな昔の医者たちも、苦しんでいる患者さんを助けたい、という思いは、現代の医療関係者と変わらなかったはずです。音楽の世界に共通する部分があるんです。私は、往年のフレージングや音色を追求したいからと言って、かつての木製のフルートをどうしても使いたい、などとは思いません。現在の金管フルートを使います、それが可能です。でも、小さめのティンパニを使わなければムリだ、という判断をすることは、あります。ですので、私の基本は、現代の楽器の、どれを、どういったものを用いれば、本筋の、あるいは本筋に近い音が出来上がるのか、そこを考える、ということです。
Q: ありがとうございました。この「当時の音に立ち返る」というテーマは、いま、音楽ファンの大きな関心になっていますので、いまのご説明はとても参考になりました。
MS: 多くの可能性を包含するテーマですからね。ここではっきりさせておきたいのは、いま、私たちは技術的に進歩した楽器を手に入れ、すぐれた演奏家も増え、ハイレベルなパフォーマンスが可能になりました。でもだからといって、そもそもの楽曲が聴衆に及ぼす、その結果を変えてはならない、ということです。作品の真なる答えはひとつなのです。その答えに至るために、利用可能なたくさんの方法があるのだ、ということです。
Q: つぎの質問ですが・・・たとえば楽器の選択について、あるいは作品の解釈や演奏の方法について、ご家族で意見を戦わせたりするのですか? お父様、二人のお兄様が全員指揮者でいらっしゃることは、私たちみな知っているので、お聞きしたいです。
MS: まったく、そのとおり、家族全員、おなじ遺伝子ですね(笑)。
Q: 音楽に対するご意見も近いのでしょうか、それとも議論をしますか?
MS: します、します。みなそれぞれ、違った解釈を持っています。音楽家には、二人と同じ考えの人間はいないですからね。
Q: それで? 誰の意見が最強なんでしょうか?
MS: それはですね、ひとつ、おもしろいお話をしましょう。私の父が、私のベートーヴェンの第7番のコンサートを聴いたあと、楽屋でこう言ったんです「今日の演奏は、私が、この曲はこうあるべきだ、と信じていたものとは、まったく違っていたよ。」
Q: ・・・?・・・喧嘩になったのですか??
MS: いいえ、「・・・だから、次回は、自分もおまえのやったのを試してみようと思う。」って(笑)。これはね、私には、感動的なセリフでしたねえ。90歳になろうという人間が、長年、音楽の世界で経験を積み、実生活でも非常に多くのことを体験した年齢になって、まだ「新しいものを受け入れる」ことができるんだ、と・・・父は、ベートーヴェンの交響曲の演奏では数々の録音を残していますし、伝統的な解釈に対して高い評価も受けています。それにも拘わらず、すんなり「試してみよう。」と言ったのです。私は「伝統とはなにか?」という問いに対する答えをもらった気がしました。伝統とは、頑として存在する何かだけれども、それを、いくつもの異なった角度から、毎日、毎週、毎月、眺めてみることができる、そういう何かなのだ、という答えです。
Q: 心を揺らす体験ですね・・・しかし、ということは、マエストロご自身には、まだまだ発展のための年月が50年もありますね。
MS: そうですね! いやあ、がんばらないと。どうか、この話を忘れないで、50年後の私にまた質問してみてください。
Q: わかりました、覚えています(笑)。
Q: 今回、日本が世界に誇る2名のソリストと共演なさいます。ヴァイオリンの川久保賜紀さん、ピアノの上原彩子さんですが、彼女たちとは初共演になりますか?
MS: はい。素晴らしいソリストと初顔合わせになります。まだ直接お会いしていないのですが、彼女たちの録音を聴きまして、私も勉強中です。とても楽しみです。彼女たちとの機会をくださった方々、共演を楽しみにされている方々に、「この共演は正解だった。」と言っていただける演奏にします。
Q: ところで、マエストロは、演奏家としてチェロをお弾きになるおつもりは、もうないのでしょうか?
MS: それは、もはやありえません。
Q: そこまではっきりおっしゃる理由は?
MS: 理由は簡単です。チェリストとして演奏していたときには、「演奏する以上は、十分に練習をしなければいけない。」という規律を保っていました。実際、そうでなければならないのです。もはや、練習するための時間がありません。ですので、チェロ演奏はいたしません・・・明瞭でしょう。
Q: 残念な気もいたします。もしかりに、練習する時間が取れたとしたら、チェロに戻りたいお気持ちそのものはあるのですか?
MS: ・・・そう尋ねられると、むずかしいですが・・・悲しいことではあるのですけれども、私の「チェロ奏者の時代」は、おそらく終わったのです。いまでも、楽器に触れたり、弾いたりすることはありますよ、フランクフルト音楽大学で教職についておりますもので。壇上で毎週、講義もいたします。でも、チェロを携えてステージに上がることはもう、ないのでしょうね。いま、聴衆の前で弾いてくれ、と言われたら、その期待には応えられません。何と言いましょうか、戻りたいとか戻りたくない、ということではなく、以前のスタンスに戻るためには、もはや、そのための確固たる理由がない、ということです。
Q: マエストロは、かなりお若いころから教職に就かれていますね。教えるお仕事はお好きなのですか?
MS: はい、私の生活の、非常に大切な部分を占めています。壇上で指揮する、演奏する、ということも、もちろん大切です。ですが、人生の後半から終わりになったとき、おそらくそれよりずっと大きな意味を持つだろうと思われるのは、若い世代をどれだけ助けられるか、ということです。かれらが自分の道を見つける手助けをすること、それは、自身が指揮台に立つことに勝るとも劣らない仕事となるでしょう。そうすることで、私自身も、若い人たちから大いなる支えをもらうことになるのです。
Q: 今回のツアーの予定の中に、ザ・シンフォニーホールでの公演があります。たしか、二人のお兄様はこのホールをご存じのはずで、大阪のファンもお兄様たちを覚えていますが、マエストロご自身はこのホールや大阪の町をすでにご存知でしたか?
MS: 知っていますよ、過去に2回、私自身が演奏しています。ゲヴァントハウス管弦楽団、ベルリン放送交響楽団やの来日の時でした。どちらの時にも首席チェロ奏者でした。ザ・シンフォニー・ホールのことはよく覚えています。日本のホールの中でも、最高のホールの1つですね。
Q: ありがとうございます。
MS: ほかに覚えていますのは、東京はもちろん、福岡はじめ数都市・・・日本に来るたびに思いますのは、みなさんの生活の文化的水準がとても高いな、ということ。音楽ホールの質の高さには、いつも感心しています。大都市のみならず、中規模都市の充実度が素晴らしいです。欧州の人間にはまったく驚きです。
Q: 日本は、たしかに数十年かけて、音楽ホールや劇場の建設にとても熱心に取り組んでまいりました。でも、先達である欧州には、数百年という伝統を生き抜く劇場建築があり、すばらしい音響を誇っていますね。それはそれでとても羨ましいことです。
MS: じつはドレスデンでは、新しい、現代の要求に応えるホールが必要だという意見があり、それが通ったばかりで、新ホール建設計画が決定したばかりなのです。3年後に完成する予定です。私たちはこのことをとても誇りにしています。
Q: ドレスデン・フィルの公演は、2011年に予定されていたものが大震災のために中止になり、今回、マエストロ率いる6月のツアーをファンは待ち望んでいたのです。どうぞ、そのファンのみなさんに、ひとことメッセージをお願いいたします。
MS: 私たち全員が、今回のツアーを非常に楽しみにしております。私たちの文化、私たちの伝統を、日本のファンのみなさんにお聴かせできること。みなさんが心の底から音楽を求めていることを私たちは知っています。みなさんの音楽の愛し方は、私たち欧州の人間の音楽の愛し方に等しいことも。ご期待に応えるだけの演奏を、かならず、準備して参ります。
Q: 本日は、たくさんの質問にほんとうに丁寧にお答えいただいて、どうもありがとうございました。ドレスデンのオーケストラのメンバーは全部で何人いらっしゃるのですか?
MS: 日本ツアーに参加する人数ですか、それとも、全員ですか?
Q: 全員の人数を教えてください。
MS: 116人、おります。
Q: それでは、マエストロ、その116人のみなさまに、すべての日本のファンの方々から、よろしくとお伝えください。ドイツの素晴らしい伝統を私たちに教えてくださる、日々のそのお仕事に対し心から感謝しております、と。
MS: ほんとうにありがとう。必ず伝えます。どうかみなさんも、よいお仕事を。6月にお目にかかれますこと、楽しみにしております。
取材・翻訳:高橋美佐
ドレスデンが誇る伝統あるオーケストラが、新鋭ザンデルリンクを迎え 新たな時代が始まる!
ミヒャエル・ザンデルリンク(首席指揮者)
ドレスデン・フィルハーモニー管弦楽団
<<渾身のドイツ・プロ!>>
2013年06月25日(火) 19時開演 サントリーホール
<<名曲を名演で!>>
2013年06月26日(水) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
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