2018/6/20
ニュース
アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタルに向けて
8月24日に新譜「ナイトフォール」を発売、そしてアルバムをひきさげて9月にピアノ・リサイタルを行うアリス=紗良・オットのインタビュー。ぜひご覧ください。
夜にまつわる作品が集められた今回のプログラムには、どんなコンセプトがあるのでしょうか?
日の入りの直後、闇と光の世界が混ざり合う時間を“ナイトフォール”と言います。日本語だと、夕暮れや宵の口などいろいろな表現がありますが、私が一番イメージに合うと思うのは、’大禍時’という言葉。薄暗く、魔物が現れやすいとされるミステリアスな時間です。人間にも光と闇があり、時にはそれが混ざって境目がなくなる。これが人間のナイトフォールだと私は思います。今回は、ビュッシー、ショパン、サティ、ラヴェルから、そんな闇と光の世界を探っていくような作品を選びました。
はじめはフランスをコンセプトに考えていたのですが、選んだ曲を見ているうちに、人の二重人格的な部分を表現している作品ばかりだと気がついて。ロマンティックなフランスものというよりは、闇の世界も描いたナイトフォールのほうがしっくりくると思って、そのイメージでプログラムを組み立てたのです。
今、そんな闇と光を探るプログラムに取り組もうと考えるようになったきっかけは?
昔からそういうことには興味があったんです。というのも、私はどちらかというと単純でポジティブな性格なので、自分とは正反対のものに惹かるところがあるというか・・・。明るい人は影のある人に惹かれ、その逆もありますよね。私も今年30歳を迎えて考え方が変わる中、今回はこういうしっとりとしたプログラムもいいなと思ったんです。
デビューからの10年を振り返ると、いろいろなことがありました。一歩進むごとに、さらに高い壁にぶちあたる。経験を重ねた分、それをより実感するようになりましたが、それでも二十歳の時より今のほうがいいと感じています。
‘人の二重人格的な部分’が表現されている作品について、理解を深めていく中でどんな発見がありましたか?
例えばドビュッシーの「ベルガマスク組曲」は、ヴェルレーヌの詩集がインスピレーションの源となっています。「月の光」は普通、きれいでロマンティックな曲だと思われているかもしれませんが、私は昔から、裏に何かが隠されているように感じていました。実際にヴェルレーヌの詩を読んで、幸せそうな仮面の下に逆の顔を隠した人々、幸せを祝いながらもそれを信じていない人の心などが描かれていて、なるほどと納得したんです。心の葛藤や矛盾が隠されている作品だったのだと再認識しました。
また、ラヴェルの「夜のガスパール」は、ベルトランの詩から着想を得て書かれた作品です。この組曲には、人が感じる全ての恐怖が含まれていると思います。例えば、芸術家に噛み付いて血を吸う小悪魔《スカルボ》は、芸術を仕事にする人が壁にぶつかり、失敗への恐怖に苛まれることにより、自分の中に作り出してしまう悪魔なのではないかと私は思います。でも、そんなスカルボも日が昇ると消えてしまうんですよね。ラヴェルは大好きな作曲家ですが、相当ひねくれた性格だろうと弾いていて感じます。
こうして作品の背景を知り、楽譜と向き合いながら理解を深めていきましたが、コンサートでは、そこから感じる自由なイメージを音にしていくつもりです。日本でのリサイタルのあとヨーロッパツアーがあるので、何度も弾くうちにどう解釈が変化していくのかも楽しみです。
サティの作品は、構造がどちらかというとシンプルで、楽譜には指示がほとんど書かれていないのですが、かわりに例えば《グノシエンヌ》だと、’頭を開いて’とか’舌にのせて’など、謎めいた言葉が書かれているんです。まるでピンク・フロイドの歌詞みたい。聴くたびに考えさせられるし、いろいろな解釈の仕方があるところも似ています。サティって本当に面白い作曲家だったんだろうと思います。
ツアーで何回も演奏していったら、最後にようやく、頭を開くってこういうことなのかという答えにたどり着けるかもしれません・・・最後までわからないままかもしれませんけれど(笑)。どんな旅になるのか、楽しみです。
あわせて演奏されるショパンは、ドビュッシー、サティ、ラヴェルに比べると、変わり者の度合いは低めでしょうか?
そうですね、ショパンはあまりひねくれた性格ではなかったのだろうと思います。今回はノクターンとバラード第1番を演奏しますが、作品が描くドラマは決して派手ではありません。表情を変えないままに涙が頬を伝って流れていく、それが私にとってのショパンのイメージです。
アリスさんは、普段クラシックを聴かない方々も魅了する多彩な活動をされています。やりがいや難しさを感じるのはどんな時ですか?
やりがいを感じるのは、舞台で自分の言いたいことが伝わり共感してもらえたと思えるときです。かつてのクラシック音楽界では、アーティストが手の届かない存在としてステージに立っていたと思いますが、そういう時代は終わったのではないかと思います。お客さまもライヴ音楽の大切な一部。身近な存在としてそこにいて、会話をしながら音楽を作ることが私の理想です。
一方難しさを感じることもたくさんあります。私としては、お客様にもっとリラックスして音楽を聴いてほしい。今のコンサートには、ドレスコードや拍手のタイミングなどルールが多すぎるのではないでしょうか。若い世代に聴きにきて欲しいといいながら、そんな状況では変わらないと思います。
音楽って、せっかく音を楽しむという素敵な字が使われているのですから、リラックスして楽しめなくてはいけないと思うんです。私が裸足で弾くようになった理由は、とにかく舞台でリラックスしていたいから。これを始めるようになって、コンサートのルールについていろいろ考えるようになりましたね。
さて、コンサートのテーマにちなんでお聞きしますが、アリスさんには、お気に入りの夜の過ごし方はありますか?
私’夜の人間’なので、夜の時間は好きですね。遅めに食事をして、大好きなウイスキーを飲んだり。最近は白ワインにも目覚めました。コンサートがないときは、友達を集めて料理をして、会話と音楽を楽しむのが好きです。
ちなみに朝は弱くて、エスプレッソを5杯飲まないと目が覚めないくらい(笑)。
最後に’ナイトフォール’をテーマとした演奏会でみなさんに届けたいことがあればお聞かせください。
今回のプログラムは、どんよりとしたところもあるしっとり系の内容ですが、 みなさん怖がらず、でもある程度の覚悟を決めて(笑)、ぜひ聴きにいらしてください。闇と光の世界を一緒に探って行く中、どこかで共感していただけることがあれば嬉しいです。
インタビュー・文:高坂はる香
撮影:源 賀津己
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時代を変えるピアニズム
アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル
2018年9月27日(木) 19:00開演 東京オペラシティ コンサートホール
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