2020/1/22
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ジャナンドレア・ノセダが語る シューベルト:交響曲第7番「未完成」とマーラー:交響曲第5番
米国を代表するオーケストラ、ワシントン・ナショナル交響楽団と、2017年に音楽監督に就任した指揮者ジャナンドレア・ノセダが、この3月に満を持して日本ツアーを行います。来日に先駆け、今回、3月11日に東京芸術劇場で演奏するプログラムについて電話インタビューを行いました。
3月11日の東京でのプログラムは、マーラーの交響曲第5番、そしてシューベルトの第7番「未完成」です。マーラーの第5番ですが、まずこれは、演奏時間が約70分と長い交響曲の部類に入りますね。どのようにして最後まで集中力を保つのでしょう?
おっしゃる通り、かなり長い曲ですが、マーラーの交響曲のなかでは一番長いものではないですね。第6番、第7番、第8番・・・そして第3番のあの長さ。第5番の70分はむしろ短いほうです、彼の作品としては。ですがその内包するものは非常に豊かです。私たちに長旅の感興を与えてくれる。東京から出発だったら、横浜まで、という短い距離ではなくて、もっとずっと遠く・・・たとえばモスクワまで行くような旅です。長い旅となれば、それは疲れます。前日にあわてて準備、というわけにもいきませんね、でもだからこそ生まれる喜びがある。横浜への日帰り旅も、もちろん楽しいですよ(笑)、でも楽しみ方が違う。遠くまで行こうとする道中でまずわかるのは、自分がとても小さな存在に過ぎない、ということでしょう。広く遠い距離を渡るとき、世界の大きさに感動します。マーラーの交響曲の魅力は具体的な長さもさることながらその奥行きと世界観で、この作曲家がそこに何を込めたのか、ということ。自分の「小ささ」を自覚することを悪い意味にとってはダメです、その思いはなかんずく「そこから成長しよう」という意思に変わってゆくものです。
マーラーの第5番は、第1番「巨人」と並んで演奏される機会の多い交響曲ですね。
第5番の第4楽章は、これはもう、イタリアの監督ルキーノ・ヴィスコンティの映画『ヴェニスに死す』のおかげで、世界的に有名になりました。クラシック音楽にとくに興味がなくても、あの第4楽章ならどなたも「聞き覚えがある。」と言うでしょう。
そうですね。そしてこの交響曲も第4楽章に至る前とその後を通しての長い旅なのですから、すべてをしっかり聴いていただきたいのです。みなさんが実際に旅する時のように、出会いと驚き、そして詩情を満喫してください。抑揚に満ちた表現に触れてください。第2楽章は非常にドラマティックです。「善と悪」の概念のせめぎ合いがテーマになって、シンボリックな手法で描かれています。そして第4楽章『アダージェット』ですが・・・私にはあの楽章は苦悩に満ちた愛の手紙として響きます。一体、愛は続くのか、それとも、新しい何かに向かっているのか・・・判然としない不安のなかで遠く叫ぶ魂の、究極までやさしく、やわらかく抑えられた表現です。冒頭から弦楽器のとても「ウィーン風な」音で始まり、終始流れるように展開していきます。最終楽章では風景に光が差してくるかのような、喜びの表現がきます。やや喜びすぎのような感じもするのは、どうしても答えが出なかったことについて、もはや理詰めにするのを放棄して、自分を超えた大きな力に未解決を委ね、暗色を払いのけんとする力学が働いているからだと思います。
シューベルトの第7番「未完成」ですが、ありきたりな質問ですが、作曲家がこれを「未完成」のままにしたのは、なぜだと思われますか?
いくつか理由が言われていますが、そのどれも正しくもあり、また、完全に言い当ててもいないのでしょう。私の意見もひとつの仮定にすぎませんが・・・思いますのは、最初の2楽章はきちんと仕上がっていて、3楽章目は手をつけたが未完、終楽章は構想すらしなかった、というものですが・・・私は、これを演奏するとき、未完の部分をなんらかの方法で補う必要を感じないのです。シューベルトが残した形のままで完成している印象を受けるからです。そこに、「このあと、メヌエットやスケルツォ、最後に終章をつけてくれ。」と言われている気がしません。おそらくシューベルト本人がそう感じていたからで、ただ、じゃあどうすればこの短い形のまま完成形にできるか、そこまで消化しきれなかったのだろう、と思うのです。だから、結果的に最初の二楽章を、つまり「二小品」を、ただ残した、ということだろうと。第1楽章、第2楽章をそれぞれ聴いてみてください、合わせて「未完成」と命名されているにもかかわらず、それぞれは見事と言えるほどに完成していますよ。おのおのが、きりりと彫りがはっきりした独立した彫像のようです。でも彫刻家は、それを何体もある連作にまではしなかった。そんな感じなのです。
未完成、とは、たんに長さ的に短いだけ、と解釈してもいいのですね。
味わいのとても深い作品ですからね。シューベルトの時代のウィーンの空気、若い芸術家たちのボヘミアンな生活。やはりその香りはありますね。また、シューベルトとマーラーは時代こそ80年ほどの開きがありますが、同じウィーン音楽の系譜ですから、そのつながりに想いを馳せても面白いでしょう。私の言葉で言えば、彼らが見ていた「光」「空気」が、同じ高台から同じ景色を見つめながらどこか違っていて、それは二人の芸術家の目線の違いに他ならないのですが、その違いをもって彼らが書く音楽の中で、シューベルトが突き詰めきれなかったものをマーラーが引き継いでいることがあるかもしれない・・・そんなふうに想像してみることです。
(訳・インタビュー/高橋美佐)
情熱的なロストロポーヴィチ、薫り高い大きな音楽性を備えたエッシェンバッハ、抜群のバトン・テクニックをもつ米国のスラットキンらが音楽監督を務めたワシントン・ナショナル交響楽団。歯切れ良い整った音をもつ同楽団に対し、オペラ指揮者としても活躍が目覚しいノセダは、さらにヨーロッパ的な感性を磨くことを目指しているそうです。表現力を豊かにしたい。フレージングをもっとうたうように。 一つのスタイルでなく、色々な音楽に対応できるように・・・・。2021/22シーズンからチューリヒ歌劇場の音楽監督にも就任するジャンアンドレア・ノセダ。 きっと日本の私達に新たな発見をもたらしてくれることでしょう。
◆ジャナンドレア・ノセダのプロフィールは下記をご参照ください。
⇒ https://www.japanarts.co.jp/artist/gianandreanoseda/
◆ワシントン・ナショナル交響楽団のプロフィールは下記をご参照ください。
⇒ https://www.japanarts.co.jp/artist/nso/
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話題騒然となったチャイコフスキー国際コンクールから30年さらに進化を続ける諏訪内晶子と、
世界を席巻する新時代の巨匠ノセダが放つ鮮鋭の響き
国際音楽祭NIPPON 2020 芸術監督:諏訪内晶子
ジャナンドレア・ノセダ指揮 ワシントン・ナショナル交響楽団
2020年3月10日(火)19:00 サントリーホール
⇒ 【国際音楽祭NIPPON 2020】特設サイトこちらから
眩しく響きわたる躍動感と生命力に溢れたサウンド
ジャナンドレア・ノセダ指揮 ワシントン・ナショナル交響楽団
2020年3月11日(水)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
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