2020/2/8
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【公演評】山田和樹指揮 バーミンガム市交響楽団 イギリス シンフォニーホール
2020年1月22日にイギリス のシンフォニー・ホールで、山田和樹とバーミンガム市交響楽団が公演を行い、ジョン・ガフによる最新のSlipped Disc/CBSO 100評に掲載されました。
2020年1月22日(水)イギリス シンフォニー・ホール
山田和樹指揮
バーミンガム市交響楽団
ピアノ:フランチェスコ・ピエモンテージ
《プログラム》
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
シューマン:交響曲第2番
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Slipped Disc/CBSO 100 The Kazuki way with Brahms
カズキ流ブラームス
ノーマン・レブレヒト 2020年1月23日
⇒ Slipped Disc/CBSO 100
山田和樹の天賦の才能の一つは、指揮する音楽のすべてを明確に構築することだが、この協奏曲に対する長期計画が功を奏し、精巧かつ詩的な装飾も、堂々とした記念碑的な建造物の大切な一部と化した。
冒頭の、エルペス・ダッチの輝かしいホルン独奏の後、第1楽章は穏やかな内省から素早く目的をもった動きに移行。舞い上がるような弦のラインや駆り立てられたようなトレモロ、オーケストラとソリスト間での見事な引き渡し、長い弧を描くフレーズに、独奏ピアノと管楽器の掛け合いは極上であった。
「ひとかけらのスケルツォ」とブラームスが説明した第2楽章は、純粋な喜びに満ち、最初はリズミカルに、その後ピアノが戻るとロマンティックでミステリアスに展開された。その間、管楽器が、楽章最後の指示となる“センプレ・ピウ・アジタート”の手前まで美しく貢献し、指示が文字通り実行され、エキサイティングで、巧みにコントロールされた楽章の終わりへのダッシュを決めてみせた。
緩徐楽章のテンポはこれまで聴いた演奏の中では少し速いものであったが、作品の総合的なコンセプトと合致し、断固としてセンチメンタルにはならず、チェロのティム・ギルも誇張のない、情熱的な独奏を披露した。
至福の主題の再現部では、かすかな弦楽器の音色が後光のようにピアノ独奏を支え、やがてピアノ、オーボエとチェロの天国的な三重奏で主題に戻っていく。
素早く、力強く鳴る高音のアタッカに続いた終楽章は、高揚したスケルツァンドと力の抜けるようなハンガリー風のエピソードが交互に表れ、この複雑かつ叙情的な作品を大変満足度の高い終結部へと導いた。
コンサートでは稀にしか上演されないシューマンの交響曲第2番の、山田の指揮による演奏は、私がこれまでに聴いてきたシューマンの中で、最も興奮したものだった。オーケストラは持てる限りの最高の力で演奏し、リズム感に溢れ、生命力と強い抑揚、エネルギーと勢いのあるこの交響曲は、楽団のもつあらゆる能力を最大限に披露する機会を与えた。
ここでも、作品全体がある種の必然性をもって進行された。第1楽章の恭しい展開部で、シューマンの執拗なリズムが強迫観念のように迫ってくる場面でも、救済が行われ、冷静に再現部に導いた。
2つのトリオをもつスケルツォは巧みに奏され、バーミンガム市交響楽団の真の見せ場となり、“ハイパーなメンデルスゾーン”のように壮健な弦の修飾においても、ヴァイオリンが絶妙なアンサンブルを聴かせた。オーケストラと指揮者の間の共感は確かなもので、その一例として、全体のルバートも指揮者の最小限の指示で成し遂げられた。このような信頼関係は希少である。
やや気まぐれな緩徐楽章では、美しさと哀感に涙する瞬間があり、シューマンのフィナーレが生き生きと最高潮に達し、爆発する前に、さらに素晴らしいアンサンブルを聴かせた。木管の優しく叙情的なパッセージも、底流で絶え間なく鼓動する弦に負けずに明確に浮かび上がっていた。容赦のないエネルギーは、音楽が緩徐楽章と同じハ短調の暗闇に崩れ堕ちるとともに、よたよたと力を落としたが、その後、圧倒的な魅力に満ちた音楽が積み上げられ、喜びに満ちたハ長調の、勝利の炎で幕を閉じた。山田はその結果に満足そうに、何度もカーテン・コールに応え、オーケストラの所まで登って行き、ほとんどの楽団員たちと握手を交わしていた。
シンフォニー・ホールは、今、間違いなく偉大なものを目撃している。
John Gough ジョン・ガフ