2013/8/29
ナレク・アフナジャリャン 電話インタビュー
今年の秋、ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団と共演する注目のチェリスト、ナレク・アフナジャリャン。
チャイコフスキー国際コンクールで優勝して以来、世界のマエストロ、オーケストラと共演を重ね、各地でリサイタルを行い、着実に音楽家の道を歩んでいます。秋からのコンサートシーズンを前に、しばしの休息を楽しんでいるアフナジャリャンが、快く電話インタビューに応じてくれました。
Q:ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、名曲中の名曲です。このような作品に取り組む際に、気をつけていること、意識していることを教えていただけますか?
チェコの素晴らしいマエストロ&オーケストラとの共演ですが、特別な思いはありますか?身構えたり、緊張したり・・・ということはありますか?
ナレク・アフナジャリャン:はじめに、今回マエストロ・ビエロフラーヴェク&チェコ・フィルハーモニー管弦楽団と、ドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏できることは、僕にとってはとても大きな名誉です。おっしゃるように、この作品はチェロ協奏曲の中でも、名曲であり、大曲です。僕は、この作品が大好きです。好きな曲だから、演奏するときに怖くなったり不安になったりすることはありません。大きなオーケストラ、指揮者とともに、大勢の人の前で演奏するときも、好きな曲の時には自信をもって弾くことができます。そして、聞き手に、僕の解釈を納得してもらうよう、心をこめて演奏します。僕の音楽を受けとめてもらい、認めてもらえるように・・・。
もちろん、この協奏曲は簡単な作品ではありません。ドヴォルザークの音楽は、非常にロマティックで、美しい旋律に満ちています。この作品を演奏するときに気をつけなくてはいけないことは、ロマンティックになり過ぎないように、甘くなり過ぎないように、ということです。感情を込めるにも、度を越えてしまうと、音楽の魅力が台無しになってしまいます。大げさにならないように、この作品の素晴らしさが伝わることを考えています。
ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、スラブ色が明るく出た曲です。でもこの曲は、アメリカで作曲されました。ですから、半分はアメリカのスタイルが見え隠れしている、とも言えるでしょう。
メロディーを聞くと「これはスラブ音楽だ」と感じます。ただ、それだけではないのです。スラブ人作曲家の書いた曲、すなわちスラブ的、と単純に思い込みがちですが、決してそうとは言えないのです。
僕は13年間モスクワで暮らし、2年間アメリカで生活しました。その時にアメリカの文化も肌で感じとることができました。コンチェルトの中にあるスラビックな部分とアメリカンな部分の違いを、ぜひ感じ取ってみていただきたいです。
Q:この作品を最初に弾いたのはいつでしょうか?
アフナジャリャン:オーケストラとの共演ということでは、16歳ごろだったと思います。ロシアのサマラという町で、サマラ市のフィルハーモニーオーケストラとの共演でした。
オーケストラのトゥッティが始まった時、ドキドキしていたのを覚えています。
この協奏曲はチェロ弾きにとって、多くの協奏曲の中でも〝最上階″に位置する作品です。まだ16歳の私は、度胸が今ほどはなくて・・・。でも演奏会は大成功だったんですよ!良いスタートをきれた曲は、その後の演奏活動においても自信をもって弾くことができます。いつも喜びを感じながら演奏しています。もうあのころのような緊張によるドキドキはありません。むしろわくわくします。
Q:その時に、憧れていた演奏家、CD録音などを教えていただけますか?
アフナジャリャン:憧れの演奏家はたくさんいて…。憧れ、というより自分の心に近しい音楽家がどの時代も数人いました。そしてそれはその時によって変わります。
でも、唯一ずっと僕の中で変わらず重要な位置を占めているのは、グレゴール・ピアティゴルスキーです。
実はボストンで2年間、ローレンス・レッサー先生に学びましたが、彼はピアティゴルスキーの弟子。つまり僕は敬愛するピアティゴルスキーの“孫弟子”になるんです!
Q:この作品は、チェロ奏者の委嘱によって作曲されましたね。そのような姿勢、新しい音楽の探求について、あなたはどのような考えを持っていますか?
アフナジャリャン:「音楽家たる者、向上心を忘るべからず」という点で、素晴らしい姿勢だと思います。ムスチスラフ・ロストロポーヴィチを思い出します。レパートリーが決して大きいとは言えない我々チェロ奏者の世界にあって、ロストロポーヴィチのために書かれた作品は数多い。ショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ブリテンなど20世紀を代表する作曲家が、この偉大な音楽家のために曲を書きました。ロストロポーヴィチは、チェロ弾きとして、本当に大きな仕事をしてくれたのです。チェロ演奏分野への貢献という点で、彼に並ぶ人はいないと思います。素晴らしい先人たちが、情熱を傾け、新たな音楽を模索、追求してきました。
僕も新たな音楽への挑戦を続けています。昨年12月には台湾で、台湾人作曲家の新しい協奏曲を初演しました。来年はアメリカで、僕のために書かれる作品を初演することになっています。作曲家の名前は、まだ伏せておきましょう・・・。11月にはブラジル、サンパウロで現代のロシア人女流作曲家、レーラ・アウエルバッハの作品を演奏します。
このように新しい音楽への試みは目白押しです。
あ、それから日本では、チェコ・フィルとの共演のほかにリサイタルを行うことになっていますが、そこではロシアの作曲家、ミハイル・ブロンネルの曲をプログラムに入れました。これは1997年に書かれた作品です。日本の聴衆の皆さんは、世界でもとても教養のある、知的で、音楽を深く理解してくださる方々です。そんな方々の前で、おそらく全く新しい曲を弾くわけです。私がとても大切に思っている皆さんの反応が、とても楽しみです。
Q:チェロ協奏曲の中で、特にお客様に耳をすませて聴いていただきたい箇所と、チェリストとして最も神経を細やかに使う難所を教えてください。
アフナジャリャン:2楽章の冒頭です。この楽章はとても美しく始まりますが、オーケストラに続いてチェロが入り、最初のエピソードを弾き終わったところで、音楽の気分ががらりと変わります。ちょうどチェロが最初のフレーズを語って黙り、オーケストラだけが残るところです。音楽は、ここでドラマティックな様相を呈します。
ドヴォルザークはこの協奏曲をアメリカで作曲しました。ちょうどこの作品を書いているときに、妻の姉が重病であることを知らされます。その女性は彼が昔、淡いあこがれの気持ちを抱いた人でした。僕は詳しくはドヴォルザークの半生を知りませんが、そんな話を聞いたことがあります。
非常に穏やかな楽章の中に突然現れる、悲劇的な中間部。ちょっと意識して聞いてみてください。
この曲の最大の課題は、最後まで弾ききることです。この曲はフィジカルにも非常にきつい曲。気を抜ける箇所がありません。常に熱く、緊張があります。テクニック的には6,7か所、大きく音域が変わる箇所があります。それは見て、聴いていただければ判るはずです。しかしそれよりも何よりも、精神的に、最後までしっかりと気を抜かず弾ききること。メンタルの面でも、フィジカルな面でも、大きな力を要する難曲です。
Q:多くのマエストロ、オーケストラとの共演があったかと思いますが、その中で印象に残っているエピソード、あなたを刺激したエピソードがありましたら教えていただけますか?
アフナジャリャン:本当に多くのマエストロ、オーケストラと共演してきましたから、一人、二人を挙げることはできません。本当に素晴らしい音楽家、オーケストラと共演する機会に恵まれてきました。今、僕が共演していてすごく面白いのが、マエストロ・ゲルギエフです。彼との共演は、いつもとても惹かれます。
Q:来年は、マエストロ・ゲルギエフと日本で共演しますね。
アフナジャリャン:そうです。チャイコフスキー作曲の「ロココの主題による変奏曲」を演奏します。でもその前に、来年はマエストロと3回、ご一緒することが決まっています。来年3月にはミラノ・スカラ座で、デュティユーの協奏曲を演奏します。この曲は、マエストロとロッテルダム・フィルとすでに演奏し、マエストロがとても気に入ってくれました。僕にとっては初めて演奏する曲でしたが、マエストロに学び、勉強し、一緒に創り上げました。来年また演奏する機会があり、すごく嬉しいです。
それから6月にはサンクトペテルブルクの白夜祭と、フィンランドのミッケリでマエストロが主宰している音楽祭で、ブラームス作曲の「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」を弾きます。共演するヴァイオリニストは、セルゲイ・ハチャトリアン。素晴らしいヴィオアリン奏者との共演、とても楽しみです。
Q:ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、とてもチェコ的(スラブ的)であると感じると同時に、私たち日本人にもとてもなじみ深く感じる作品です。
音楽に国境はない、と感じると同時に、音楽はその土地に根ざしたもの、であるとも感じます。
音楽人として世界を旅するあなたにとって「音楽」とはどのようなものでしょうか?
アフナジャリャン:音楽は、世界中の人にとって一番判りやすい、シンプルな言語です。いくつもの国を旅しましたが、その中にはもちろん言葉が判らない国もありますが、演奏会では僕は自由に聴衆と語り合うことができるのです。それは音楽という言葉の力です。ステージにいる僕は、耳を傾けてくださる皆さんを感じますし、客席の皆さんは、僕の語りかける“言葉”を聞き入ってくれます。不思議で魅力的なつながりが、そこに生じるのです。
僕は、音楽なしの人生は考えられません。音楽は、僕の一部です。それなしでは存在できない、かけがえのないものです!
ナレク・アフナジャリャン チェロ・リサイタル
チェロの新星 ナレク・アフナジャリャンのリサイタルはここだけ!
2013年10月25日(金)19:00開演(18:00開場)銀座王子ホール
全席指定 5,000
⇒ http://www.ojihall.jp/concert/lineup/2013/20131025.html
―甦る“誇り高き響き”―
ビエロフラーヴェク指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
2013年10月30日(水) 19時開演 サントリーホール
2013年10月31日(木) 19時開演 サントリーホール
2013年11月03日(日・祝) 19時開演 ミューザ川崎シンフォニーホール
⇒ 詳しい公演情報はこちらから