2013/10/3

ニュース

  • Facebookでシェア
  • Twitterでツイート
  • noteで書く

モスクワ合唱団のウラディーミル・ミーニン インタビュー&曲目解説

モスクワ合唱団の指揮者マエストロ・ミーニンの電話インタビューをお届けします。

ウラディーミル・ミーニン

「晩祷」はソ連時代には演奏が禁止されていた作品と聞いていますが、マエストロとこの作品の出会いを教えてください。
ソ連時代に“良しとされていなかった”作品は、「晩祷」に限らず、いわゆるロシア教会音楽全般でした。私とこの作品との出会いは、1945年。モスクワ市内の小さな教会で、「晩祷」の一曲を聞く機会があったのです。私はその足ですぐに図書館へ、「晩祷」のスコアを探しに行きました。それは、私が音楽院5年生(最終学年)の時でした。
そのころ、私は、スベシニコフ教授の下で学んでいました。教授はその後、48年にモスクワ音楽院の学長に就任されます。学長の教え子が、当時タブーとされていた教会音楽に興味を持つ、ということは悪しきこと。大目玉をくらったのを覚えています。
でも私にとって「晩祷」は、ただの教会音楽、という狭義に収まる作品ではありません。これは、世界の古典音楽の最高峰にある大作なのです。

「晩祷」を初めて演奏されたのは、いつですか? その時の感想を教えてください。
「晩祷」は私の中で非常に“高い”位置にある作品です。1980年代、イタリアの主催者から演奏の依頼がなかったら、私はずっとこの作品を演奏することはなかったかもしれません。思い切って演奏しました。
ところで、その後、はやり「思い切って」私はこの作品をレコーディングしているんですよ(笑)。
その時の感想… 演奏の評価は奏者ではなく、聞き手にお任せするとして、とにかく私にとってはずっと“恐れ多くて”思いきれなかった傑作に触れた、というその事実が、何よりも大切なことでした。「晩祷」は、深い哲学の音楽です。そして今に至るまでこの曲に触れるにつれ思うことは、自分が歳を重ねるほどに、この音楽の大きく、深い内容を理解できるようになった、ということです。

ラフマニノフのピアノ音楽は好きだが、「晩祷」は体験したことがない、知らないという人もたくさんいると思います。この作品はラフマニノフの作品の中でどのような位置を占めているのでしょうか? またこの作品の魅力と特徴を教えてください。
ラフマニノフ自身が、この作品を高く評価していました。ラフマニノフの教会音楽は、いわゆる“現世の音楽”とは、まったく異なっています。2つの相異なる“芸術の層”と言えましょう。
ところで、「晩祷」の中の第9曲「主よ爾は崇め讃めらる」の一部を、交響曲の冒頭で使っています。

それは有名な交響曲第2番ですか?
2番だったか、3番だったか、覚えていませんが…。交響曲の中でラフマニノフは、自分自身を見せているのです。
今回、東京の演奏会では 「晩祷」の全12曲のうち、8曲を演奏します。
まず第1曲「来たれわれらの主、神に」で教会へのいざないがあります。教会へ赴き、神の前に深く頭を下げる。
続く第2曲「わが霊や主を讃えあげよ」では、キリストによる新しい教え、キリストとともに到来した新しい世界観を歌いあげます。教えは問います -「この世において、人々はみな兄弟のように生きねばならない」と。
このように、全作品を通して、ラフマニノフは生の意義、人々が地上でおっている使命について、考えさせています。

日本には「晩祷」を歌うためだけの合唱団が存在し、70年代にはスヴェシニコフのレコードが一部で絶大な人気を博した歴史があります。マエストロはこれまでに、たくさんの日本の人々、聴衆と接してきた経験をお持ちです。ある意味特殊と言える「晩祷」が日本人にこれほど熱狂的に受け入れられている事実をどのようにお感じになりますか? また日本の聴衆に対する感想をお聞かせください。
そのような合唱団があるのですか? 聞いてみたいですね。
まず日本の聴衆についてですが、ヨーロッパの聴衆との比較論になってしまいますが、ご了承ください。
ヨーロッパの聴衆は、わかりやすい。気に入ったときは、拍手が長い。気に入らなかったら、拍手は短く終わります。そして演奏会の終了後、音楽に大きく心を動かされたときは、しばらく静寂があり、その後に拍手が起こります。音楽に入り込めば入り込むほど、現実に戻る時間がかかるのですね。
一方日本のみなさんは、前半、後半、曲間の拍手は、総じて短めです。そしてプログラム終了後の拍手は、とてもとても長い。私はそれを、演奏会に対する、奏者に対する感謝の気持ちの表れだと思っています。
でも曲間の拍手はどれも同じ長さ… 気に入っていただいたのか、そうでないのか、わかりにくいですね。

謎?ですか?
そうそう、謎。謎は面白い。日本の皆さんの前での演奏は、わくわくします。

マエストロはだいたい聴衆に背を向けて指揮されていますが、聴衆の「目」のようなものは感じますか? みなさん、とてもじっくりと聞き入っています。
もちろん! 日本の皆さんは、実に注意深く音楽に耳を傾けてくださいます。その気持ちは、背中を向けていてもよく伝わってきますよ。

ロシアの合唱芸術についてお聞かせください。ロシアの合唱芸術にはほかにはないオリジナリティがあると思います。その秘密、受け継がれている伝統とはどのようなものでしょう?
ロシアに限らず、いかなる民族の音楽にも、それぞれオリジナリティがあります。ロシアの歌の場合、そうですね、歌の中に気持ちがぎっしりと詰まっていることが大きな特徴と言えましょう。
悲しみも、喜びも、ボーダーギリギリのラインまで。気持ちや、感情の幅がとても広いのです。やるせない行き場のない悲しみから、爆発する喜びまで。その感情が、歌の中には盛り込まれています。
日本の皆さんはロシア民謡を愛してくださいます。ロシア民謡には短調のものが多いですよね。それは、もともと農民の間で生まれ、歌い継がれてきたからです。この短調のメロディーの中に、農民の暮らしの苦難が反映されているのです。
ロシア民謡は、日本だけでなく、世界中で歌われています。カチューシャにしても、黒い瞳にしても、カリンカ、くぐり戸…。どうしてでしょうね?
あらゆる民族に受け入れらています。信仰や言葉の壁など全くありません。日本の方々の心に伝わる、ということは、私たちにとっても大変うれしい限りです。でもどうしてか、はどうぞ日本人である皆さんが考えてみてください。そして答えが見つかったら、ぜひ教えていただきたいです。
ロシア人にとってのロシア民謡… ロシアの歌はとても抒情的です。そして、歌の中には必ず、人々の「夢」が語られています。ロシアの人々にとって、歌は、夢や幸福を表現するひとつの手段なのでしょう。

最後に日本でマエストロと合唱団を心待ちしている皆さんへ、メッセージをお願いします。
まず、2011年の大きな震災を乗り越える皆さんの勇気と強さに、私は本当心をうたれました。日本の皆さんの、日本という国に対して、改めて大きな感動を覚えました。
日本へ行くことを、私も、メンバーも、心から楽しみにしています。
何回目の来日になるでしょう。今回も、喜んで、わくわくする気持ちを胸に秘めて、皆さんに会いに参ります。

マエストロ、どうもありがとうございました!

≪曲目解説≫

●S.ラフマニノフ(1873~1943)
《晩禱》作品37
 ラフマニノフは前奏曲集やピアノ協奏曲第2番、第3番を初めとしたピアノ作品、そして交響曲などですでに日本の聴衆におなじみであるが、ロシア語が媒介するせいであろうか、声楽曲の魅力はまだ十分に伝わっていないかもしれない。今後のラフマニノフの受容の鍵となるのは、オペラ、歌曲も含めた声楽作品であることは間違いないだろう。その彼の声楽作品の中でも独自の位置を占めているのが教会音楽である。
 ロシア正教会では無伴奏合唱の伝統を保持してきた。17世紀までに独自の多声法を発達させたが、18世紀以降に西欧化が進んだ。19世紀末になってその西欧化に批判的な立場から聖歌改革の機運が起こった。その担い手の一人、チャイコフスキーは、ユルゲンソン社がボルトニャンスキーの宗教合唱曲全集を出版した際、校訂を担当し、これに霊感を受けて《金口イオアンの聖体礼儀》(1878)、《晩禱》(1882)を作曲した。これらは教会音楽の活性化を促し、ラフマニノフ(1873~1943)の教会音楽も、こうした潮流の中で生まれたのである。
彼はまず、カトリックで言えばミサに当たる《聖金口イオアンの聖体礼儀》作品31(1910)を宗務院合唱団指揮者のカスターリスキイの助言を得て作曲した。この経験を生かして作曲されたのが《晩禱》である。第一次世界大戦の最中、1915年の1~2月に書かれ、彼もその講義を聴講したことのある聖歌学者スモレーンスキイ(1848~1909)に献呈された。1915年3月10日(新暦23日)、ダニーリン指揮宗務院合唱団により初演され、高い評価を受けたが、ソ連時代は宗教作品として抑圧の対象であった。
 「晩禱」は正しくは「徹夜禱All-Night Vigil」と訳され、主日(日曜日)または大祭(祝日)の前夜から早朝にかけて行われる典礼である。徹夜禱は、晩課と早課、一時課からなり、ラフマニノフの作品では第1曲から第6曲までが晩課、第7曲から第14曲までが早課、第15曲が一時課にあたる。歌詞にはロシア語の古語に当たる教会スラヴ語の典礼文が用いられており、実際に用いられることは希であるが、典礼にも用い得る。合唱交響曲《鐘》と同様に彼自身が好んだ作品で、特に第5曲が自分の葬儀で歌われることを望んでいた。
 この作品も、正教会の伝統に従い、無伴奏合唱で歌われる。全15曲中10曲は既存の単旋律聖歌を多声化したもので5曲は聖歌の模倣である。大部分の場合、西欧的な拍子や機能和声に基づいておらず、小節線も少ない。4声体のための作品だが、しばしば各声部は分割され、9声部にさえ達する(バスも2~3分割され、オクタヴィストを要する)。さながら声楽による交響曲であり、彼の最高傑作との呼び声も頷ける。


ロシア合唱芸術の粋を現代に伝える最高峰の合唱団
国立モスクワ合唱団
■ラフマニノフの記念碑的作品と珠玉のロシア民謡>
2013年10月11日(金) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール
■懐かしのロシア民謡 アフタヌーン・コンサート・シリーズ 2013-2014 Vol.6>>
2013年10月16日(水) 13時30分開演 東京オペラシティ コンサートホール
詳しい公演情報はこちらから

ページ上部へ