2013/10/18
ニュース
今年は私にとってラフマニノフ・イヤーです。~ピアニスト、河村尚子にきく~
─ まずは現在の活動状況についてお話しいただけますか。
ドイツが拠点なのはずっと変わりませんが、1年前、13年間住んでいたハノーファーからミュンヘンに移りました。演奏活動はリサイタルが最も多く、あとは室内楽、コンチェルトの順。また2年前からデュイスブルクの芸術大学でプロを目指す学生の指導も行っています。日本に行くのは年に3~4回。秋にはビエロフラーヴェク指揮/チェコ・フィルとの共演やリサイタルを行い、10月には新しいCDをリリースします(10月23日発売)。
─ ビエロフラーヴェク/チェコ・フィルとの共演について詳しくおききしたいと思います。彼らとは今回が初共演ですか?
はい。チェコ・フィルの演奏を聴いたのもかなり前なので、全てに白紙で臨むといった感じです。ただ、日本公演前の10月9~11日にプラハで、彼らの定期演奏会に出演し、今回と同じラフマニノフの協奏曲第2番を共演します。
─ ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、このところ続けて弾かれていますね。
昨年初めて演奏したのですが、その際の大友直人指揮/日本フィルから、秋山和慶指揮/九響、今年2月ラザレフ指揮/日本フィルの九州ツアーで6回、5月のテミルカーノフ指揮/読売日響と続く中で、曲のイメージが確立され、どんどん成長しているのを感じます。また、6月にはラザレフ指揮/日本フィルと同じラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」、クレメンス・ハーゲンとチェロ・ソナタを共演し、特にチェロ・ソナタは協奏曲第2番と同じ時期に書かれているので、大変勉強になりました。これだけ続いたのは偶然なのですが、その偶然がチェコ・フィルとの共演にまで繋がり、今年は私にとってラフマニノフ・イヤーになりましたね。
─ 河村さんにとってラフマニノフの魅力とは?
まずメロディの美しさと神秘的なハーモニー。それに舞曲的なリズムやオスティナート的なリズムも印象的です。長いラインのメロディは、どこか宗教的であり、民族的でもあります。またハーモニーも独特の響きがあって、譜面上の不協和音が不協和音に聴こえないんです。ただ彼は決して斬新な人ではなかった。貴族の出で、かつての時代を惜しみ、革命で離れてもロシアに帰りたいとの想いがありました。20世紀になってもそうした想いを抱いて作曲し、あの哀愁と憧れに充ちた音楽が生まれたのだと思います。
─ ピアノ協奏曲第2番の特徴や魅力は?
誰もが知るメロディが、次から次に出てくること。最初の(ピアノの)鐘の音も、続く弦楽器のテーマも、第1楽章の中間部も、第3楽章の優美なメロディもそう。メロディに心を奪われない場面はありません。でも弾く側にとっての魅力は、絶対に疲れないこと(笑)。この曲はよく出来ていて、休むところをちゃんと作ってある。ピアノが激しいフレーズを弾けば、続いてオーケストラが弾くといったやりとりや、ピアノのみ、オーケストラのみの部分が意外に多いんです。
─ この曲を弾くとき、特に留意している点は?
テンポ感ですね。いくらメロディが綺麗でも、遅く弾き過ぎてしまうと前に進まない。前に進む気持ちで、スマートにシャープに弾くことによって、曲の良さが出てくると思います。これは当然指揮者によっても変わります。ラザレフは「前に前に進み、甘ったるくし過ぎないこと」と言っていましたし、ラフマニノフ自身の演奏も実にシャープですが、テミルカーノフはテンポが遅くて全然違う。まあ、それに合わせて変えるというよりも、気に入った部分をどこまで取り入れるかでしょうね。今回日本での演奏はプラハで3回共演した約1ヶ月後ですから、若干時間を置くことでの熟成も期待できると思います。
─ 室内楽を含めて、そうした共演によって変化するのはどんな点でしょうか?
フレージングや息遣い、ルバートの使い方。中でもルバートにどれだけ時間をとって、その後にどう時間を取り戻すか…を知るのは大変勉強になりますし、他の方の解釈を自分のソロ演奏に取り入れたりもしています。また弦楽器とピアノは音楽の作り方が違います。弦楽器奏者は弓を弦から離してフレーズを切ったり始めたりしますが、ピアニストは全部続けて弾きます。でもそれでは一緒に弾いても合いません。そうしたフレージングや呼吸法も参考になりますね。実際は微細なことなのですが、それで表情が変わったりもするんですよ。
─ 作品に臨まれるときは、弾き込む以外にどんな準備をされるのですか?
協奏曲ならばスコアを読んで楽器の入りを知っておく、他の人の演奏を聴く、自分の演奏を録音して聴くなど…。もちろん作曲者の背景を知ることも必要です。ロシア音楽ならばロシア語やロシア文化の影響、食事や人との接し方、彼らの楽しみ…など民族性を知ることによって、音楽に近づけると思います。
─ ロシアには何度も行かれていて、ロシア語も話されるそうですね?
はい、演奏とプライベートの両方で10回以上行っています。ロシア語ができれば、例えばラザレフ氏と話したときの反応が全く違いますし、通訳を通さずに彼の思いを直接確かめることができます。
─ 今度のCD「ショパン:バラード」には、ショパンのバラード全4曲とリスト編曲によるピアノ・トランスクリプションが6曲収録されていますね。この内容についてお話いただけますか。
バラードは、第3番と第4番を長い間弾いており、ここで第1番と第2番に挑戦したいと思いました。4曲まとめて弾くと、約10年間の作曲法の進化と、それぞれの時期の心境がわかる気がします。またショパンのバラードは、ポーランドの詩人ミツキエヴィチの詩に刺激されて作曲したといわれています。そしてショパンは歌曲も作曲し、リストがピアノ用に編曲していますので、その中からミツキエヴィチの詩を用いた作品を含む2曲─「乙女の願い」はラフマニノフも好んで弾き、録音も残っています─を入れました。さらにそれに関連して私が気に入っているシューベルトの歌曲を3曲と、ワーグナー・イヤーにちなんで「イゾルデの愛の死」を加えました。いわば全体に“うた(詩・歌)”がテーマですね。
─ バラードを弾くときにミツキエヴィチの詩を意識されますか?
該当する詩の物語を思い浮かべるなど、若干意識はします。例えば第2番は、音楽があまりに抽象的過ぎて、理解しがたい面があります。ショパンには有り得ない位の激しさをもっていて、中間部など穏やかなメロディが長く続き、ある瞬間に乱暴なほど爆発的な音楽になる。最初はそれが理解できなかったのですが、詩を読むと戦争で荒れ狂わされた町の様子が書かれているんです。なるほどと思いましたね。バラード全体をみても、唐突な動きやリフレインの繰り返しなどは、詩との関連を思わせます。
─ 今秋は、チェコ・フィルの公演と併せてそのCDも楽しみですね。では最後に、今後取り組みたい曲や活動の方向性を。
取り組みたいのはラフマニノフの「コレッリの主題による変奏曲」。先日弾いた「パガニーニの主題による狂詩曲」と同時期に書かれた作品なので、今の流れの中で比べてみたいなと。今後の方向性としては、指導と演奏活動を両立させていきたい。教えることによってその楽曲だけでなく、演奏法についても色々考えさせられますし、自分を見直すきっかけにもなります。
─ 来年は日本デビュー10周年。ますますの活躍を期待しています。本日は長時間ありがとうございました。
2013年6月20日都内にて
インタビュー・構成:柴田克彦
≪河村尚子から動画のメッセージが届きました!≫
2013年10月9日~11日、来日公演の直前にプラハでチェコ・フィルとの共演をしました。
終演後、共演についてとプログラムについて動画のメッセージが届きました!
―甦る“誇り高き響き”―
ビエロフラーヴェク指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
2013年10月30日(水) 19時開演 サントリーホール
2013年10月31日(木) 19時開演 サントリーホール
2013年11月03日(日・祝) 19時開演 ミューザ川崎シンフォニーホール
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