2021/10/15

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<海外公演レポート> クリスチャン・ツィメルマン、ライプツィヒ・ゲヴァントハウスに登場

クリスチャン・ツィメルマン

 10月2日の夜、クリスチャン・ツィメルマンがライプツィヒ・ゲヴァントハウスの大ホールの舞台に登場した。これは欧州8都市を巡るリサイタルツアーの2つ目の公演として行われたもの。感染症対策を経て、ようやくこの9月からの新シーズン開幕を迎えたライプツィヒの聴衆は、固唾を呑んでツィメルマンの登場を見守った。
 冒頭に演奏されたのはブラームス「3つの間奏曲 Op. 117」。大きな弧を描くようなゆったりした旋律が、ツィメルマンならではのふくよかでありながら、陰影の濃い音色で紡ぎ出される。日常の慌ただしさからふっと解き放たれるような心地よさ。大ホールでのリサイタルにもかかわらず、まるで自分だけのために弾いてくれているような親密さもあった。
 ところが、同じ作曲家のピアノ・ソナタ第2番になると、ツィメルマンは冒頭からすさまじいエネルギーでオクターブの旋律を弾き叩き、真のヴィルトゥオーソの顔を露わにする。この2つの作品の間に横たわる40年もの歳月、老境の澄み切った空と若き時代の内面の格闘の対比をこれほど鮮やかに弾き切った例も少ないだろう。特に終楽章ではベートーヴェンの後期を思わせる天国的な序奏から始まり、舞踏などさまざまな要素を混在させながら発展する難曲を、ある種の余裕すら漂わせて聴かせたのである。
 休憩後、拍手が鳴り止まぬうちに弾き始めたショパンのピアノ・ソナタ第3番は、ツィメルマンにとってまさに自家薬籠中のレパートリーだろう。時に左手で指揮をするかの動きで弾くその雄弁なこと!風のように過ぎ去るスケルツォ、ラルゴでの何気ないアルペジオの美しさと右手と左手が交錯しながら生まれる無限のニュアンス。フィナーレでは耳から入る音楽と演奏中のツィメルマンの視覚的な迫力とが相まって、一層深いカタルシスを味わうことなった。
 喝采を受ける中、ツィメルマンがマイクを持って聴衆に語りかけた。コロナ禍においてクラシック音楽界が置かれた困難な状況について率直に話した後、子供の頃、アイゼナハやメルゼブルク、ライプツィヒを訪れ、東ドイツの人々に親切にしてもらった思い出を懐かしそうに語った。そして、「ショパンではなく、あなた方の音楽で締めくくります」と言ってアンコールに弾き始めたのは、この町ゆかりのバッハの音楽。それも、パルティータ第2番の最初と最後の数曲を驚くほどのパッションをもって気宇壮大に奏でたのだった。ライプツィヒの聴衆はスタンディングオベーションでこの名匠に拍手をおくった。
 先が見えにくい今の時代を生きていると、どうしても近視眼で物事を見てしまいがちだが、この夜ゲヴァントハウスから出た私は、「この世界には美しいものがあるのだ」という広々とした気持ちで満たされた。ブラームスもショパンもヒューマニズムというものが時代精神として生きていた頃の、いわば人間性を讃える音楽。クリスチャン・ツィメルマンという大きな芸術的ビジョンを持つピアニストによって命を吹き込まれたそれらの音楽が、私たちを慰め、力づけてくれる。はるばる聴きに出かけてほんとうによかった。
中村真人(ジャーナリスト/ベルリン在住)

比類無きピアニズム
クリスチャン・ツィメルマン ピアノ・リサイタル

【全国公演日程】
11/14(日) 柏崎市文化会館アルフォーレ
11/17(水) ふくやま芸術文化ホール リーデンローズ
11/19(金) 水戸芸術館
11/21(日) ふくしん夢の音楽堂
11/23(火・祝) やまぎん県民ホール
11/30(火) ミューザ川崎シンフォニーホール
12/4(土) 所沢ミューズ アークホール
12/8(水) サントリーホール
12/9(木) 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
12/13(月) サントリーホール

【プログラム】
J.S. バッハ:パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV 825
J.S. バッハ:パルティータ 第2番 ハ短調 BWV 826
ブラームス:3つの間奏曲 Op. 117
ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op. 58

★東京公演、川崎公演のチケット購入、その他公演の問合せ先はこちらからご確認ください。
https://www.japanarts.co.jp/concert/p925/


⇒ クリスチャン・ツィメルマンのアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/krystianzimerman/

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