2023/4/24
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ニコラ・テステがディアナ・ダムラウと共に再来日!彼の魅力をご紹介します。
ニコラ・テステ(バス)がディアナ・ダムラウ(ソプラノ)と共に6年ぶりの来日!
彼の魅力をご紹介します。
ニコラ・テステ(バス)再来日に寄せて Kings & Queens of Opera
岸 純信(オペラ研究家)
2017年の来日で、フランスが誇るバス、ニコラ・テステがひときわの喝采を浴びた一曲、それがヴェルディ《ドン・カルロ》のアリア、〈独り寂しく眠ろう〉であった。
現状、このオペラはイタリア語の訳詞で歌われることが多い。しかし、本来は大作曲家ヴェルディが一所懸命フランス語の台本に音を付けた一作である。なので、曲題を正しく書くと「《ドン・カルロス》のフィリップ王のセヌとカンタービレ」になる。セヌScèneは英語のシーン(場景)と同じ、カンタービレ Cantabileは「歌謡性の強い一場」といったところ。「オペラ・アリアって簡単に書けばいいのに、なんだかごちゃごちゃしているな」と思われる方も多いだろう。でも、実は、そこに曲の本質が潜んでいる。
オペラの王様(史実のフェリペ二世)は、スペイン帝国のトップに居ながら、若い王妃には愛されず悶々とするという役どころ。なので、このアリアは、朗々たるメロディにならない。最高権力者ゆえ誰にも弱みを見せられないという王者の孤独が、呟きのごとくこぼれ落ちる一曲なのである。6年前のテステは、明晰な発音のもと、この名場面を一節ずつ、噛み締めるように歌い上げた。客席には恐らく、この曲をフランス語で聴くのは初めてという方も少なからずいらっしゃったことだろう。しかし、「本物の力」は言語の壁を超えて客席に届いた。だからこその万雷の拍手であったのだ。
それだけに、今回の予定曲のリストを観て、冒頭で紹介した国王のアリアがまた入っていると気づいたとき、筆者は思わず、「さすが・・・」と唸ったものだ。この「さすが」は、実はテステに向けたものではなく、日本のオペラ・ファン層に向けて。恐らくは、前回の公演アンケートに、テステの熱唱への感想が相当入っていたに違いない。だからこその再びの選曲なのだろう。「あの本物の歌がまた聴ける!」と思うと本当に嬉しかった。
筆者が知る舞台上のテステは、「大人の落ち着きを全身で表すオペラ歌手」である。たまに「バス・バリトン」と記されることもあるが、彼の本質はまさしく「高音域にも強いバス」。声の重心は下の方にある。だから《魔笛》の賢者ザラストロのような「ドラマの支え」的な人物像が嵌るのだ。彼はまた、フランス人歌手の常として、「声のメンテナンスのため、開放的な響きの多いイタリア語の曲も定期的に歌う」ので、今回の再来日でも、ドニゼッティ《マリア・ストゥアルダ》の二重唱を取り上げ、愛妻ディアナ・ダムラウ演じる女王マリア(メアリー・スチュアート)を前に、忠臣タルボ卿のパートを担当するのである。
来る5月のコンサートでは、ほかに、ロシア・オペラの大人気のソロと、フランス・オペラの渋い聴きどころを2つ披露するとのこと。まず、チャイコフスキー《エフゲニー・オネーギン》の公爵のアリアは、バスの名場面では最もほのぼのとした曲調を誇るもの。テステの歌いぶりから、慈愛の心がはっきりと伝わってくるに違いない。
また、トマ《ハムレット》からは、兄王を暗殺した弟の現国王が、自らの所業を悔いて祈る名旋律が歌われ、グノー《シバの女王》からは、ソリマン王(旧約聖書のソロモン王)が、自分につれない女王バルキスを諦めきれないという葛藤のほどが、柔らかな旋律美の上でしみじみと歌われる。派手派手しさよりも深い味わいを伝え、愛情に加えて人情味をも届けるのがテステの歌心。「オペラで心の凝りをほぐしたい」方にこそ、お勧めの歌い手なのである。
6年ぶり待望の来日!
ディアナ・ダムラウ&ニコラ・テステ オペラ・アリア・コンサート
日時:2023年5月23日(火) 19:00 / 2023年5月27日(土) 18:00
会場:サントリーホール
出演:ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)、ニコラ・テステ(バス)、パーヴェル・バレフ(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2012/
◆ディアナ・ダムラウのアーティストページはこちらから
⇒ https://www.japanarts.co.jp/artist/dianadamrau/