2014/1/9
ニュース
グザヴィエ・ドゥ・メストレに聞く<1>
ハープを奏でる姿が“現代のアポロン”と称されるグザヴィエ・ドゥ・メストレ。来年は注目のソプラノ モイツァ・エルトマンとのデュオで来日します。
Q:メストレさん、本日はインタビューに応じてくださりありがとうございます。
グザヴィエ・ドゥ・メストレ(以下、XDM) : こちらこそ、フランス語で答えればいいんですね、よかった!リラックスしていろいろ話せます!
Q:来年の4月に日本にお迎えできることを、私ども一同、嬉しく思っております。とても魅力的なプログラムを2種類、構成してくださいましたね。どのようにしてこれらの曲目を選んだのでしょうか。
XDM : 「人間の声」という楽器に、私は昔からとても惹かれています。まだ子供だった頃から、オペラ、そして声楽家の声に魅せられ続けています。今回のリサイタルのためにモイツァ・エルトマンさんと、まず、自分たちの好きな作曲家を挙げてみました。彼女は、オペラのレパートリーだけでなく、リート(歌曲)のレパートリーにも精通した人です。私も学生時代につねに声楽の歌曲集を聞いていて、ずっと、こういう歌曲のレパートリーを用いたプロジェクトを行うことを夢見ていました。声楽の分野ですぐれた活躍をされているかたと一緒に。
Q:いま、夢見ていた、とおっしゃいましたが、いつ頃からの夢だったのですか?
XDM:ティーンエイジャーの頃からです、14~15才頃から。シュトラウスの歌曲集、ほかにもシューマン、シューベルトのCDも聞き込んでいました。声楽曲は、私の心を深くとらえ続けています。それからね、私は、オペラもすごく好きなんです、当然です・・・もうね、熱狂的なオペラ・ファンなんです。初めて聴いたのは、11歳ぐらいのときです。それ以来、ほんとうによくオペラを見て、聴いています。
Q:そのころと言いますと、まだご実家のある、南仏のトゥーロンで生活されていたのですよね?
XDM:はい。でも、14才頃から、パリに長距離の往復をして音楽を学びだしていました。ですので、長い電車の乗車時間中ずっと音楽を聴いていました。
Q:では、パリに着くなり、バスティーユ・オペラやシャンゼリゼ劇場に駆け込んで、実際にオペラを見たりもしたのですね?
XDM:あ、それはまだです。その頃の私は録音を熱心に聞いていました。パリではとにかく学校へ行って、授業が済むと今度はもう、すぐ帰路につかなければなりませんでした。でも、テレビの音楽番組でもオペラはいろいろ見ていましたし、故郷のトゥーロンの劇場へは通いましたね。プロダクションのクオリティはパリほどではなかったにしろ、よいものをたくさん見ました。トスカ、ラ・ボエーム、ドン・ジョヴァンニ・・・これらの名作に触れました。しかし本格的に劇場でオペラを見るようになったのは、ロンドンで学生生活をしていた頃です。
Q:そうでしたね、ロンドン経済大学にも通われたのですよね。
XDM:はい。その1年間に、週1~2回のペースで、コヴェント・ガーデンに行ってオペラを見ていましたね。学生用にとても安くてよい席があるので、いつもその列に並んで、学生割引料金で・・・
Q:そんなお話を聞きますと、ちょっと伺いたくなるのですが、正直に、経済学と音楽と、ほんとうはどちらに興味があったのですか?
XDM:経済の勉強は、とても面白いものではありましたけど、ほんとうに情熱を傾ける、という感じではなかったですね。けれども、そのための留学でのロンドン滞在が、じつは、自分にほんとうに大事なのは音楽なんだ、と自覚が固まる契機になったんです。つまりロンドンでは、経済学の勉強が第一義で、結果それまでのように音楽に時間をかけることができなくなり、その状況が自分に「ああ、自分は音楽なしで日々を過ごすことがこんなに辛いんだ。」ということを分からせてくれたのです。私に一番大切なもの、それは音楽。私が音楽で身を立てる決心をしたのは、ロンドンでのことです。ですので、いまのご質問へのお答えははっきりしています。私の中のより強い情熱は、ほかのどんな勉強にもまして、音楽に対して向けられていました。
Q:モイツァ・エルトマンさんとの出会いは、いつ、どのようにおこったのですか?
XDM:ウィーンで、アン・デア・ウィーン劇場のプロダクションで彼女が歌ったときに出会いました。「魔弾の射手」で、私のよき友人でもある、マエストロ・ベルトラン・ド・ビリーが指揮したもので、私はそれを聴きに行ったのです。そのときの彼女の歌い方、舞台上での演技に魅了されてしまいました。終演後に紹介してもらって、初めて話をしまして、たちまち意気投合です。自然に「なにか一緒にやりましょう。」ということになり。モイツァはとても考えの広いアーティスト、私は私で大のオペラ好きですから、声楽の歌曲を盛り込んでのコンサート、というアイディアがすぐに浮かんだんです。彼女もすぐに同意してくれたんですよ。
Q:そして、さきほど言っておられた、作曲家選びにとりかかり・・・
XDM:お気に入りの作曲家を列挙しながら、同時に曲目も絞ってゆきました。そのさいに私がとても注意を払ったのは、それぞれの曲のメロディーラインの特徴についてです。歌手のリサイタルではたいていピアノ伴奏がつきますが、私の楽器はハープです。そこを生かしたかった。つまり、ピアノではなくハープだからこそ生み出せる、人の声とのハーモニーを聴かせたい、という思いです。候補に挙げながら、最終的に採用しなかった曲が実はたくさんありました。なぜならそれらの楽曲は、どう考えてもハープ向きではない・・・ピアノ以上の伴奏にならないな、と感じたからです。メロディーに合わせて、和音が速いテンポで繰り返されるような曲は、ハープ向きではないんです。同様の理由で、ハーモニーがあまりにも多く変化していく形式の曲は避けたのです。きちんとした表現が難しいですからね。ですので今回のようなコラボレーションでは、まず、歌い手が自分の規律を崩さなくても済むようにと考え、そのためには、ハープの伴奏のために適したメロディーというものがある、という結論を得たのです。
Q:具体的な選曲という作業では、譜面上の条件などを精査するのでしょうが、結果として「このコラボレーションにはこういう空気が生まれた」ということになると思うんですね。相手がエルトマンさんだったからこそ生まれる空気、というものを、どう感じておられますか。
XDM:今回のプログラムの醸し出す空気、それは、すこし「旅の空気」に似ています。演奏開始の瞬間にはどんな感じがふさわしいか、そしてそのあと、奏者である私たちには、聴衆のみなさんの気持ちを盛り上げて「こんなふうに流れを感じてもらいたい」というアイディアがありますから、じゃあ、選んだ曲目をどの順序で奏するのが最適か、よく考えたんです。私の発想はいつもそうです。旅を続けるような流れです。モイツァはすぐそれに賛同してくれましたね。最初はこの曲で始めよう、その次には、もう少しだけさらに、観客のみなさんが気持ちを近づけやすい曲を置き、あたかも旅の道程を歩むように、しだいに夢がふくらみ、次の景色はきれいだろうか、という感覚・・・みなさんに、そんな想像の流れを掴んでいただきたいんです。しかしそうなりますと、選曲のさい、それぞれの楽曲のもつドラマ性の見極めが肝要になるわけです。感情の橋渡しの役割を果たして欲しい曲が、時間的に長すぎたりすると、それは緊張を奪ってしまいます。プログラム全体の構成を見渡すさいに、細心の注意を払います。表したい数々の情感と、それら全体の風景・・・途切れさせずに表現するためには、守るべきバランスの法則のようなものがあります。
Q:何度も聞かれた質問だろうと思いますがここで改めて・・・なぜこれほどハープという楽器に惹かれるのですか?
XDM:ハープを習い始めるにあたり、最初の女性の先生が、非常にすぐれた、魅力に溢れた人物だったのです。お名前をヴァッシリア・ブリアノ先生とおっしゃいます。ちょうど先生が、トゥーロンでのハープとソルフェージュの授業を始められたばかりの頃で。私は彼女のクラスで基礎の勉強を始め、先生にとても尊敬を覚えたことから、その先生のご専門の楽器ということでハープにも興味を持ったのです。そして実際に始めてみると、ハープは私自身の性格にとてもマッチしていました。まず、ひとりだけで演奏できるという点です。私は、自分が構想を考えて、よく磨き上げた形でそれを実践したいと願う人間ですが、ハープはそんな私にぴったりの楽器でした。楽器が、磨き上げられた世界そのものです。また、ハープのもつ独特の音色ですね。まるで、夢幻の世界のようでしょう。あらゆるリズムを刻むことができますし、そこにラテン文化の香りを保っていて・・・オーケストラ全体のあらゆる音を、ハープによって再構築できるのではないか、とさえ、感じます。そう感じることが、私がいろいろなプロジェクトをやってみよう、と発想する所以でもあります。ただ単にヴィルトゥオジティーを追求したいのではありません。超人的なテクニックも、そこに音の色合いがあるから、感情がこもっているから、魅力的なのです。
Q:メストレさんが、フランス人といえども南部地中海岸のご出身ということと、すこし、関係がありそうですね。
XDM:ええ、あると思います。官能や享楽的な要素に敏感なのは、南仏の個性ですからね。
Q:メストレさんだけでなく、他のハープ奏者の演奏する姿を見ていても思うのですが、まさに「全身で」奏でる楽器なのですね。筋肉すべてを使って、ハープを揺り動かすような弾き方をされるときもあります。腕や指にかかる力は相当なものだと思いますが・・・指を傷つけたりすることはないのでしょうか?
XDM:よく気づかれましたね、そうです、まさに体の力をすべて利用して弾いています。ハープを習い始めたばかりのころ、まだ子供のころですが、たしかに、指がとても痛くなりました。まめができてしまいして。でも、それは最初のうちだけで、毎日練習することが当たり前になると、指の先端の皮膚が発達して、弾くときの力に耐えられるようになるのです。私はその点もとても幸運で、たいていの人がそのように指先が硬くなってくると、同時に肌そのものが乾いてきて、音にも影響がでてしまうことがありますが、私の指先は乾きにくい性質のようです。いずれにせよ、指先の肌は使うと硬くなり、休ませるとまたやわらかく戻り・・・を繰り返すものですから、そのペースをつかむことです。
Q:平均して一日に何時間ぐらい、ハープに触れているのですか?
XDM:日によってすごく違います。ハープはご覧のようにとても大きな楽器ですから、鞄に入れてどこにでも持ち歩けるわけではありません。家にいて思う存分弾く日もあれば、移動が多くてゆっくり練習時間を取れない日もあります。そんな日は夜遅くに弾きこんだりすることもありますが。ですがたとえば比較的落ち着いて家にいられる日でしたら、そうですね、日中に4時間ぐらいは弾きますね。練習は大好きで・・・自分の部屋で、楽器に触れていることは、私にはどこか瞑想をしているのと同じような効果があります。新しいレパートリーに挑戦しながら、精神集中して、自分自身の調和を探すんです。欠かすことのできない習慣です。
Q:反対に、どのぐらいハープに触らない時間がつづくと、「ああ、弾きたい!」と思うのですか?
XDM:それも、状況によっていろいろですねえ(笑)。現在、年間を通して忙しく仕事をしていますから、弾かない日がある、といってもせいぜい1日か2日で、またすぐに楽器に触れる、という日々です。ただね、正直に申しますが、私は、夏にはしっかり「休みだ!」という期間を持ちたいので、そのようにしています。年に一度だけ、夏場の2週間、可能な年には3週間、仕事を忘れ、ハープにも一切触れないで過ごします。そうすることで、休み明けにふたたびハープに指を触れたとき、素晴らしい新鮮さが蘇るんです。「ああ、弾きたい!」という気持ちの高ぶりが、蘇るんです。夏休みといえば海岸で太陽を浴びて・・・の日々ですけれど、そのあとには、自分の楽器のところへ戻りたい、という気持ちになりますね。夏以外の時期には、1日ぐらいの休養日をへて、もうすぐにまた弾いて、弾いて、の日々ですよ。
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ハープと歌で織り成す天上の調べ
モイツァ・エルトマン(ソプラノ) & グザヴィエ・ドゥ・メストレ(ハープ) デュオ・リサイタル
2014年04月30日(水) 19時開演 東京オペラシティ コンサートホール