2023/5/12
ニュース
ニコラ・テステ インタヴュー
ソプラノのディアナ・ダムラウと《Kings and Queens》と題して、オペラ・アリアコンサートを行うバスのニコラ・テステに、音楽ジャーナリストの三光洋さんが、アジアツアーに出発する直前にパリでインタビューを行いました。 テステ氏がパリ木の十字架合唱団員として初来日した時のこと、オペラ歌手になるまで、ご自身の声の発展、現在でも受けている声楽の指導者のこと、ダムラウさんとの出会い、ご家族のことなど多くを語ってくださいました。
Q : テステさんは何度も日本に行かれていますね。
テステ: 日本は私の最も好きな国の一つです。セイジオザワ松本フェスティバル音楽祭でプロコフィエフの「三つのオレンジの恋」に出演しましたし、最初は1981年の10歳の時にパリ木の十字架児童合唱団の団員として来日し、以降は何度も訪れています。秩序があり、清潔で他者に対する敬意があります。京都、札幌、長崎、広島(原爆記念館は何度も足を運びました)と多くの街を見てきました。 パリ木の十字架合唱団では10歳から15歳まで在籍して多くを学びましたが、声のテクニックはオペラとは違うものでした。当時はボーイソプラノでしたが、その後に変声してバスになりました。 (注:正式名称は「木の十字架児童合唱団」Petits Chanteurs à la Croix de Boisで、1907年創立の男性児童合唱団。現在はブルゴーニュ地方のオータンを拠点にしている。宗教音楽、ミュージカルなどを歌う。) 15歳でフォントネー・スー・ボワ(パリ郊外)音楽院でピアノ、バッソン、ソルフェージュ、音楽史を学びましたが、楽器奏者としてより、声楽家の才能があったので歌手の道を選びました。パリ木の十字架児童合唱団の指導者だった故・ベルナール・オーディエが歌を続けるように励ましてくれました。 それから1998年にヴォワ・ヌーヴェル歌唱コンクールで2位となり、パリ国立オペラの歌手養成コース(サントル・ド・フォルマシオン・リリック)に入り、二年間在籍しました。その前にオペラ・コミック座の座付き歌手のグループに入っていました。それからエージェントがついてオペラ歌手として歌い始めましたが、声楽の教授からきちんとした指導を受けたわけではありませんでした。
Q:声の発展について
テステ: 三年前に声楽の教授であるフィリップ・マドランジュ(Philippe Madrange)と出会いました。今、ディアナ・ダムラウもこの人のレッスンを受けています。彼はパリ国立オペラの合唱団員だった人で、声について隅から隅まで知り尽くしている素晴らしい先生、信じられないような存在です。60歳くらいですが、耳が飛び抜けて良く、彼のレッスンを受けるようになってから大いに進歩できたと思います。 マドランジュさんに出会ったのは、ベッリーニの「清教徒」で、役はジョルジオ卿 2019年パリ国立オペラ リッカルド・フリッツァ指揮 ロラン・ペリ演出)に出演するちょっと前でした。(注:「ニコラ・テステは素晴らしい歌唱を見せ、カーテンコールで喝采された。このフランス人バス歌手はアリア「 Cinta di fiori」(解けた美しい髪を花で飾り)に顕著だったように、ニュアンスに富んだ歌と完璧なレガートによって観客の心に訴えた。」(「フォルム・オペラ誌」 クリスチャン・ペーター記者))
Q:声のために特に気をつけていることがありますか。
テステ: 歌手にとって大事なのは食事です。大敵は胃液で、これが逆流して声帯を痛めないように夜の食事には特に気をつけています。アルコールは飲みませんし、タバコも吸いません。それは声に良いと思います。
Q:それでテステさんの声は今安定しているわけですね。
テステ:ええ、フィリップさんのおかげです。知らなかった多くのことを教えてくれました。そのおかげで、来年からは歌手活動と並行して、声楽を教えることも始めることになりました。南仏プロヴァンス、ヴォークリューズ県のビザン(Bizan)でレッスンをしており、昨夏はビザンでディアナとフィリップと三人でマスタークラスを開きました。
Q:今回のアジアツアーの「Kings and Queens」という今回のプログラムはどのようにして生まれたのでしょうか。
テステ:ディアナが「Tudor Queens」(チューダー王朝の女王たち ワーナークラシック)という女王のアリアを並べたオペラアリアを録音したのがきっかけです。王のアリアもヴェルディ「ドン・カルロス」のフィリポ2世の「一人淋しく眠ろう」をはじめ、優れたものがあります。これは素晴らしいアリアですが、歌うのは簡単ではありません。アリア以外には「マリア・ステュアルダ」で女王の忠臣タルボ役のデュオも歌いますが、こうした王と女王に因んだプログラムでアジアツアーに出かけることにしました。
Q:ディアナさんはお二人がミュンヘンの教会コンサートで出会ったという話をしてくださいましたが、一目惚れだったのでしょうか。
テステ:実は、その時にリハーサルに少し遅れて着いたのです。到着したら既に合唱とオーケストラと一緒のリハーサルが始まっていました。オーケストラの前の席に座ったら、指揮者のマルチェロ・ヴィオッティが私に歌うように合図したのです。しかし、それは私が歌う役とは違っていました。ディアナは「自分の役を準備してこなかったなんて」という表情で私のことを見ていたように思います。(笑) その後、2009年12月のジュネーブ歌劇場のモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」公演(ケネス・モンゴメリー指揮 マルト・ケラー演出)で、ディアナがドンナ・アンナを、私がマゼットを歌って再会し、意気投合しました。
Q:2011年の東日本大震災と福島の原発事故が起こりましたが、その後、メトロポリタンオペラの日本ツアーにディアナさんと息子さんを送り出した時はどんなお気持ちでしたか。
テステ:簡単な決断ではありませんでしたが、メトロポリタン・オペラが事前に専門家の説明会で、「十分な安全性」という説明を受けたからです。また、そうした災害があった時こそ、音楽を人々は求めるからです。音楽を聴いている間は災害を少しでも忘れることができると思いました。
Q:息子さんは今何歳になりましたか。
テステ:次男は10歳で打楽器を弾いています。長男は12歳で歌っていて、いい声を持っていますよ。
Q:テステさんにとって家族とは。
テステ: 私にとって家族は何よりも大切なものです。家族はキャリアよりも常に優先されるべきです。ディアナと私の二人が今回のように一ヶ月といった長期間のツアーに出かける時は、毎回子供達を連れて行くことにしています。iPadを使って、朝に子供は勉強します。子供たちにとっては家族と一緒であることで気持ちが安定しますし、私たち夫婦にとってもそれは同じです。私はドイツ語は教えませんが、フランス語や数学といったそれ以外の教科は子供に教えています。
Q:どんな役をこれから歌いたいですか。またこれからのご予定を教えてください。
テステ:チューリッヒ歌劇場ではすでに歌いましたが、マスネ「マノン」のデ・グリュユーとグノー「ロメオとジュリエット」のローラン神父が2年後に決まっています。 歌いたい役はヴェルディ「ドン・カルロス」のフィリポ2世、チャイコフスキー「オネーギン」のグレミン公爵、ベッリーニ「清教徒」のジョルジオ卿といった役です。ベルカントの曲はずっとレパートリーに入れていたいと思っています。去年はナポリのサンカルロ歌劇場でアンナ・ネトレプコと一緒に「アイーダ」でランフィスを歌いました。バルセロナでも歌います。ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」のアルケルをジュネーブ歌劇場とブダペストへのツアーでも歌いますが、本当に素敵な役です。ヴェルディが書いたバスの役は皆いいですね。
Q:あなたにとって大事な作曲家は。
テステ: 「ドン・カルロス」を始めとするヴェルディ、ロシアオペラ、グノー「ファウスト」のメフィストといったフランスオペラといずれも大切です。ロシア語は難しいですが、とてもきれいな言葉ですね。プッチーニの「ラ・ボエーム」も好きですね。いい曲がたくさんあるので、この作曲家だけが大事、ということはありません。全ての作曲家を大事にしていきたいのです。日本のオペラハウスでもぜひ歌いたいですね。日本は大好きな国ですから、オファーがあったら即座に「ウイ」と返事しますよ。 シンガポール、香港、台北、ソウルを回ってから、日本にまた行けるので大変満足しています。一ヶ月の長いツアーです。子供二人はポケモンと任天堂のファンで(笑)、子供にとっても私たちにとっても素晴らしい滞在になると思います。
6年ぶり待望の来日!
ディアナ・ダムラウ&ニコラ・テステ オペラ・アリア・コンサート
日時:2023年5月23日(火) 19:00 / 2023年5月27日(土) 18:00
会場:サントリーホール
出演:ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)、ニコラ・テステ(バス)、パーヴェル・バレフ(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2012/
◆ディアナ・ダムラウのアーティストページはこちらから
⇒ https://www.japanarts.co.jp/artist/dianadamrau/