2023/5/14
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来日直前!ディアナ・ダムラウのロング・インタビュー!
ソプラノのディアナ・ダムラウが、まもなく6年ぶりに来日し、バスの二コラ・テステとともに「Kings and Queens」と題したオペラ・アリアのコンサートを行います。
アジア・ツアーに出発する直前に音楽ジャーナリストの三光洋さんに「Kings and Queens」のプロジェクト誕生、2011年MET来日公演への決断、コロナ禍での生活、夫二コラ・テステとの出会い、自身の声について、家族についてなどを真摯に語りました。ダムラウさんの人柄の素晴らしさが伝わるインタビューです。
Q:ディアナさんの生まれ故郷であるドイツのギュンツブルクは毎夏ザルツブルク音楽祭に行く時、パリを朝に出る特急列車「モーツアルト」号で通るバイエルンの街ですね。(注:ウイーン行き食堂車付き列車。現在はT G Vアルザス路線開通により廃止)
ダムラウ: とっても小さな町ですけれど、ドナウ川が流れ、自然の美しいところです。
Q:ダムラウさんの舞台で今でもよく覚えているのは、2012年7月のオランジュ音楽祭でミッシェル・プラッソン指揮フランス国立管弦楽団とメゾのベアトリス・ウリア=モンゾンとのデュオコンサートです。オーケストラが弾き始めたのに歌が始まらなくて、「あら。ごめんなさい。台詞を忘れてしまいました。」と言ってやり直されましたね。会場がこのことで一気に暖かい雰囲気に包まれ、7500人も入る古代劇場での夕べがサロンのコンサートのようにとても親密に感じられたのを覚えています。
ダムラウ:実は引っ越ししたばかりで、楽譜を置いてきてしまったのです(笑)。でもすぐ思い出せました。ちょうど二人目の赤ちゃんがお腹にいたころですね。
Q:まもなくアジア・ツアーに出発されますが、「Kings and Queens」という主題のプログラムはどのように生まれたのでしょうか。
ダムラウ:ドニゼッティが作曲した女王たちの役をテノール歌手と歌っていた時に、「王家のお話ってすごいわ。」と思って、改めて考えてみると、夫のバス、ニコラ・テステにも王の役があると気づいたのです。それがスタートで、テノールを含めたトリオのプログラムも考えましたが、最終的に夫と二人が出演する、ベルカント作品とヴェルディにフランス・オペラが入った今のプログラムになったのです。
女王と王は普通の人間と同じような問題を抱えています。しかも高い地位にいて多くの義務と規則に縛られているために、私たちにはないプレッシャーを受けて生きています。それがアリアとデュオにはっきりと刻み込まれていて、聴いた人は皆同情したくなると思います。
例えばマリア・デジスラヴァのアリア(注:20世紀ブルガリアを代表するパラシケフ・ハジエフ作曲のオペラ「マリア・デジスラヴァ」のヒロイン)は最初にソフィアでの演奏会でアンコールに取り上げた曲です。というのもこのアリアはブルガリア人にとっては国歌のような曲で、知らない人はいません。これを歌ったら観客がみんな幸せな気持ちになり、歌っている私も正教会での祈りの雰囲気に包まれました。オーケストラの演奏を聴いているとこの世のものとは思えませんでした。たった一人で力尽きて、愛するミロスラヴにもう一度会いたいと願って神に助けを求める祈りなのです。本当に美しい曲です。一方でファンファーレが鳴り響く華やいだアリアもあります。
Q:ロッシーニ「セミラミデ」、ドニゼッティ「マリア・スチュアルダ」と「アンナ・ボレーナ」、ベッリーニ「ノルマ」にパラシケフ・ハジエフ「マリア・デジスラヴァ」という選曲はベルカントを中心に、それと全く異なるブルガリアの曲が加わって、ディアナさんの好奇心の強さがうかがえます。
ダムラウ:音楽も台詞も見事な曲であっても、知られていないものがたくさんあります。知られていなくても、私自身が「素敵な曲だ」と思えたら聴衆の皆さんと分かち合いたいのです。
Q:日本の観客はディアナさんが東日本大震災の直後になったメトロポリタン・オペラのツアーで来日されたことに感銘を受け 、勇気づけられました。息子さんと一緒だったそうですが、まだ小さかったのではありませんか。
ダムラウ:私の母と五ヶ月になった長男と日本へ行きました。メトロポリタン・オペラが放射能専門の医師を紹介してくれました。詳細な説明を受けて、放射能探知機も私の父が用意してくれたので持って行きました。行くかどうかの決断を下すのは本当に簡単ではありませんでしたが、最後に母が「私も行って、あなたと息子を守ってあげるわ。」と言ってくれたのです。冒険でしたが、行ったことを後悔していません。むずかしい状況の中にあって、音楽が良いエネルギーを人々に伝えて苦しみを和らげ、曲を聴いて泣くことで緊張から解き放され、人々の希望の光となったことを感じました。音楽が心の治療になったようです。
Q:最近のコロナ禍で音楽会が次々に中止され、音楽のない時間を過ごした後、ザルツブルク音楽祭でリヒャルト・シュトラウスの「エレクトラ」公演に行って、フランツ・ヴェルサー・メストの指揮で最初の三つの和音が大祝祭劇場の空間に響いた時の衝撃はいまだに忘れられません。
ダムラウ:コロナ禍によって私と夫も契約の90パーセントが破棄されてしまいました。その中にあって運が良かったのは、スイスにいたのでチューリッヒ歌劇場で夫と一緒にドニゼッティの「マリア・スチュアルダ」に出演できたことでした。チューリッヒ歌劇場でも多くの公演が中止されましたが、この作品だけは規制の間隙をぬって数回上演できたのです。オーケストラと合唱は別のホールにいて、ソロ歌手だけが歌劇場の舞台に立ちました。オーケストラピットは空で、私たちソロ歌手はモニターで指揮者を見て歌ったのです。こんな形で歌ったのは生まれて初めてですが、うまくいきました。
それ以外にはメトロポリタン・オペラが行った自宅からのストリーミングがあり、イタリアに行ってメトのためのコンサートも行いました。アドリア海に面したクロアチアのドゥブロニックでは野外公演がありました。しかし、コロナ禍の一番の仕事は息子2人のための教師としてのつとめでした。二人は当時8歳と10歳でしたが、朝8時から宿題を一緒にして、オンラインで学校の授業を受けるという生活でした。先がどうなるか不安で、ウイルスは怖かったのですが、今から振り返ると強烈なインパクトのあった時期でした。
Q:オペラ月刊誌「オペラ・マガジン」(2016年5月号)の巻頭インタヴューで「20年後には多分、海岸で美味しいものをたくさん置いて、成長した子供たちが築いた家族たちと過ごしているかもしれません。」と言われていますが、暖かい家庭をお持ちのようですね。ニコラ・テステさんとはどのようにして巡り合われたのでしょうか。
ダムラウ:彼と初めて会ったのはミュンヘンのカールスプラッツの近くにある聖ミヒャエル教会でした。マルチェロ・ヴィオッティ指揮の指揮の下にジャン・フランセ(1912~1997)作曲の現代オラトリオ「聖ヨハネによる黙示録」(1942年パリ初演)でした。ニコラがキリストを歌いました。その後、オペラの世界は狭いので何度か歌劇場ですれ違った後で、ジュネーブ大歌劇場での「ドン・ジョヴァンニ」で彼がマゼット、私がドンナ・アンナを歌って再会し、結婚に至りました。(笑)
Q:歌手として、また夫、父親としてのニコラ・テステさんについて、少し話していただけますか。ディアナさんはバスの声がお好きだそうですが。
ダムラウ: ええ、ニコラは本当に良い声の持ち主で、現在フランスの最高のバス歌手です。声は丸みがあり、陰影に富んでいて、よく響きます。「魔笛」のザラストロにぴったりの声です。ちょうど私の声と正反対ですね。(笑) そして彼の歌には真率さがあるのです。
家庭では素晴らしい父親で、一緒に旅行するのが大好きです。息子たちが通っている学校ではタブレットを使って親が教えることを認めているので、私たちと一緒に子供たちがツアーに行くことができます。子供たちはポケモンと漫画が大好きで、日本行きを首を長くして待っています。(笑)
私たちにとってアジア、特に日本は魔法の世界なのです。子供たちには広い世界を見て、将来のために多くを学べると思っています。
Q: 声に話を戻しましょう。ディアナさんは最初、「魔笛」の夜の女王といったソプラノ・コロラトゥーラでしたが、今はよりリリックな役も歌っておられますね。
ダムラウ: 私の声はちょっとリリックな役も歌えます。声はソプラノ・コロラトゥーラのままですが、年齢とともに成熟して、「ランメルモーアのルチア」や「夢遊病の娘」、「シャモニーのリンダ」といった曲を歌う機会があるので、「夜の女王」はもうお休みにしています。軽いベルカントのアディーナ(愛の妙薬)とノリーナ(ドン・パスクワーレ)はまた歌いたいと思っています。ベルカント・ドラマティックの曲に興味はありますが、コロナ禍の期間を経て、今は私の声に本来合っているモーツアルトとリヒャルト・シュトラウス、軽いベルカントに立ち戻りたいと思うようになりました。モーツアルトでは「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵夫人です。
私にとって重要なのはモーツァルト、リヒャルト・シュトラウスとベルカント作品です。シュトラウスには音楽の全てがあります。多彩な音色があり台詞も秀逸で、役には奥行きがあります。登場人物の性格は複雑でニュアンスに富んでいます。音楽の中に動きがあり、台本が優れているので歌う喜びがあります。それに、シュトラウスのオペラでは「カプリッチョ」や「ナクソス島のアリアドネ」のように、しばしば芸術家という職業についての問いかけがあります。なぜ、私はこの役が好きなのだろう。役を歌ったら、どういうものが私に与えられるのだろうか。特にコロナ禍を生きた今、「なぜ音楽が必要か」、ということを誰もが感じたと思います。「Die heilige Musik」(神聖な音楽)と「ナクソス島のアリアドネ」に登場する若い作曲家は言っています。
Q: 「カプリッチョ」のヒロインは作曲家と詩人の間で心が揺れますが、これは哲学的な問いかけでもあります。
ダムラウ:シュトラウスの世界にはベルカント作品のような娯楽的な作品にはないオペラの別の次元があります。
Q:ディアナさんはすでに長いキャリアを積んでこられましたが、これから挑戦したい役はなんでしょうか。
ダムラウ: 私の声に合った歌劇場で「ばらの騎士」の元帥夫人を歌いたいです。音量のあるグランド・ソプラノが大劇場で歌うのとは違うやり方で、中規模の歌劇場でシュワルツコップが歌ったようなドイツの伝統に根差した方向を目指したいです。
Q:ディアナさんの人生で一番大事なものは。
ダムラウ:子供たちと家族、それと音楽です。音楽家は最も素晴らしい職業だと思います。聴く人の助けになれるから。素晴らしい子供たちと夫に恵まれて、音楽家として仕事ができて幸せです。
三光洋(音楽ジャーナリスト)
6年ぶり待望の来日!
ディアナ・ダムラウ&ニコラ・テステ オペラ・アリア・コンサート
日時:2023年5月23日(火) 19:00 / 2023年5月27日(土) 18:00
会場:サントリーホール
出演:ディアナ・ダムラウ(ソプラノ)、ニコラ・テステ(バス)、パーヴェル・バレフ(指揮)、東京フィルハーモニー交響楽団
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2012/
◆ディアナ・ダムラウのアーティストページはこちらから
⇒ https://www.japanarts.co.jp/artist/dianadamrau/