2023/5/26

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【曲目解説】上原彩子&松田華音 ラフマニノフ ピアノ・デュオ・リサイタル<6/7>

上原彩子&松田華音

[曲目解説/原 明美(音楽評論家)]

今年が生誕150年、没後80年に当たるセルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)は、ロシアのサンクト・ペテルブルクの南方に位置するセミョノヴォ(現ノブゴロド)に生まれ、ペテルブルク音楽院を経てモスクワ音楽院に学んだ。同音楽院在学中から作品を発表し、作曲のほかピアニスト、指揮者としても活動し、その活躍の場をヨーロッパに、さらにはアメリカにも広げた。1917年にロシアに革命が起こったことを受けて、1918年に再び渡米し、アメリカで世を去ることとなるが、在米中は演奏活動の方に重きを置いていた。
ラフマニノフは、19世紀末から20世紀初頭にかけて最も活躍した、ピアノのヴィルトゥオーゾの一人である。優れたピアニストだっただけに、彼のピアノ曲には高度な演奏技巧が盛り込まれ、同時に、ショパンやリストの影響のもと、ロマンティックで流麗な作風を示す。同世代のロシア出身のスクリャービンやストラヴィンスキーの場合とは違って、あくまでも19世紀のロマン主義を保ち続けたその作品は、機能和声の枠を出ない書法や、センティメンタルな味わいを含む独特の旋律美によって、親しみやすい印象を強めている。


●12の歌Op.21より 第5曲「リラの花」変イ長調
 1902年、ラフマニノフが結婚した年に書きあげた「12の歌」Op.21は、幸福感に満ちた歌曲集。その第5曲「リラの花(ライラック)」を、彼は、1913年ごろにピアノ曲に編曲した。甘美な旋律が歌われる、可憐な小品である。


●練習曲集「音の絵」Op.39より 第6曲「赤ずきんちゃんと狼」イ短調
 練習曲集「音の絵」(「絵画的練習曲集」)は、「前奏曲集」と共に、ラフマニノフの代表的なピアノ曲集であり、Op.33(1911年完成)とOp.39(1917年完成)の2集から成る。1917年にパリに亡命し、翌年アメリカに渡ったラフマニノフにとって、Op.39は祖国ロシアでの最後の作品となり、彼自身が初演した。全9曲から成るOp.39から、今回演奏される第6番は、本来Op.33-4として書かれていた曲を改作したもの。アレグロ、イ短調で書かれたこの曲について、ラフマニノフ自身は、「赤ずきんちゃんと狼」という標題を、作曲家のレスピーギに語ったと、伝えられている。


●楽興の時Op.16より 第6番 ハ長調
 モスクワ音楽院在学中から作品を発表していたラフマニノフが、1896年、23歳のときに書きあげた「楽興の時」Op.16は、友人でもある作曲家A.V.ザタエヴィチに献呈された。初期の作品ながら、円熟したピアニスティックな書法が注目される曲集である。全6曲で構成されたなかから、今回演奏される第6番は、マエストーソ、ハ長調で書かれ、スケールの大きな表現のなかに、ラフマニノフらしい抒情的な美しさが散見される。なお、この曲集の完成の翌年、「交響曲第1番」の初演が失敗に終わり、ショックを受けたラフマニノフは、神経症に悩まされ、以後、1901年の「ピアノ協奏曲第2番」の成功によって復活するまで、スランプに陥ることとなる。


●2台のピアノのための組曲 第2番Op.17
 1900年~01年に作曲され、ラフマニノフが作曲家としてのスランプを脱する突破口となった作品のひとつ。ほぼ同時期に完成した「ピアノ協奏曲第2番」と同様、高い演奏効果を誇るこの組曲は、4曲から成る。彼自身とA.ジロティのピアノ・デュオによってモスクワで初演され、作曲者の親友でもあるピアニストA.ゴールデンヴァイザーに献呈された。
 第1曲「序曲」:アラ・マルチャ、ハ長調。明るい響きに満ち、力強く堂々とした行進曲。
 第2曲「ワルツ」:プレスト、ト長調。3拍子のリズムのなかに、ヘミオラのリズムが巧みに入り込み、美しい音の綾が作られる。
 第3曲「ロマンス」:アンダンティーノ、変イ長調。感傷的な味わいと共に、繊細なロマンティシズムにも包まれた1曲。
 第4曲「タランテラ」:プレスト、ハ短調。特に規模が大きく、ソナタ形式で書かれている。イタリアのナポリ起源の急速な舞曲タランテラのスタイルを採り入れながら、主要主題が自在に形を変えてゆく。


●13の前奏曲Op.32より(3曲)
ラフマニノフの前奏曲(プレリュード)は、「幻想的小品集」op.3(1892年)の第2曲としてあるものと、op.23(全10曲、1902年~03年、第5番のみ1905年)、op.32(全13曲、1910年)を合わせて、全部で24曲あり、24の異なる調による前奏曲を構成している。今回は、Op.32から、次の3曲が演奏される。
第2曲 変ロ短調:アレグレット。付点リズムが全体を支配しているが、テンポが次々と変わり、陰影に富むニュアンスを作り出す。
第6曲 へ短調:アレグロ・アパッショナート。簡潔ながら情熱を帯びた主題が、アラベスク風の装飾を交えて奏でられる。
第10曲 ロ短調:レント。主旋律はロマンティックだが、中間部では、重厚な和音が演奏効果を高める。


●交響的舞曲(2台ピアノ版)Op.45
 ラフマニノフがアメリカに移って以後、1940年10月に書きあげたこの曲は、彼の最後の完成作とされる。元来オーケストラのために書かれ、交響曲を思わせる規模の作品であり、今回演奏される2台ピアノ版も、ピアニストにとって大変な難曲である。なお、当初は「幻想的舞曲」というタイトルが付けられ、作品を構成する三つの楽章は「朝」「昼」「晩」と名づけられていたが、これらの題名は取り除かれた。
 第1楽章:ノン・アレグロ、ハ短調~ハ長調。ロシアへの郷愁を感じさせる、哀愁を帯びた旋律と、リズミカルで決然たる力強さ。そのコントラストが印象的である。
 第2楽章:アンダンテ・コン・モート(テンポ・ディ・ヴァルス)、ト短調。不気味なファンファーレを伴って、陰鬱なワルツ(ヴァルス)が幻想的に展開する。
 第3楽章:レント・アッサイ~アレグロ・ヴィヴァーチェ、ニ長調~ニ短調。3部形式のスケルツォのスタイルで書かれているが、調やテンポはたびたび変わる。変化に富む楽想が展開するなかで、グレゴリオ聖歌「怒りの日」の旋律なども現れる。

[原 明美 (音楽評論家)]


《公演情報》
ロシアンピアニズムを継承する本格派2人の響演!
上原彩子&松田華音 ラフマニノフ ピアノ・デュオ・リサイタル
日時:2023年6月7日(水) 19:00
会場:サントリーホール
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2021/

上原彩子×松田華音 ラフマニノフ・ピアノ・デュオリサイタルに寄せてのメッセージ


◆上原彩子のアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/ayakouehara/
◆松田華音のアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/kanonmatsuda/

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