2023/10/12

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大西宇宙 インタビュー《後編》 “旅と冒険、そして再生”をテーマに意欲的なリサイタルを開催

< インタビュー前編

大西宇宙

“旅と冒険、そして再生”をテーマに意欲的なリサイタルを開催“

取材・文 城間勉(音楽ライター)

ヘンデルの《ジュリオ・チェーザレ》やモーツァルトのオペラについてのインタビュー前編に引き続き、後編では10月22日(日)にびわ湖ホール、24日(火)に東京文化会館で開催する五島記念文化賞 オペラ新人賞研修成果発表のリサイタルで披露する作品について、そして共演するピアニスト、ブライアン・ジーガーについて大いに語りました。

──いよいよ開催されるリサイタルについてうかがいたいと思います。とにかくプログラムが多彩。イベール:「ドン・キショットの4つの歌」、マスネ:歌劇《ドン・キショット》より〈笑え、哀れな理想家を〉、コルンゴルト;歌劇《死の都》より〈ピエロの歌〉、ヴォーン・ウィリアムズ:「旅の歌」(全9曲)、マーラー:「リュッケルトの詩による5つの歌」、プロコフィエフ:歌劇《戦争と平和》より〈輝くばかりの春の夜空だ〉、ヴェルディ:歌劇《ドン・カルロス》より〈私の最期の日〉という盛りだくさんの内容 です。歌詞もフランス語、ドイツ語、英語、イタリア語の4か国の言語を歌い分けることになりますね。選曲にあたってのコンセプトをお聞かせいただけますか?

大西宇宙(以下大西) 今回のリサイタルは五島記念文化賞オぺラ新人賞の研修成果を発表という名目での演奏会です。通常、この賞を受賞した場合、特典として海外の一つの場所に留学しそこで勉強するのですが、僕の場合、研修期間が2019年から2020年にかけてコロナ禍の時期にかかってしまったんです。あれこれ考えた末にウィーン、アメリカ国内、ハンガリー、ポーランドといった滞在が安全な複数の国の都市を訪れ学ぶことにしたんです。ハンガリーではアンドレア・ロストにレッスンを受けたりもしたのですが、各地での様々な体験を反映させる意味もあり、旅と冒険と発見、そしてコロナ禍で演奏活動を奪われた芸術家として喪失の想いなどを込めて選曲し、結果的にこのような広範囲の内容になりました。

大西宇宙

──日本ではなかなか聴かれない珍しい作品も含まれていますが、それぞれの曲の内容についてお話いただけますか?

大西 「旅の歌」を除いて全てステージで初披露します。ドン・キホーテにまつわる作品を2曲入れましたが、これはまさに“冒険”を表すものです。老人が空想の中で自分が騎士となって正義感に燃え強大な敵に立ち向かっていく。実際は娼婦の女性をドゥルシネア姫と慕い愛を注ぐといったエピソードを交えた冒険物語になっていますね。
僕自身、向こう見ずな面を持っているし、広い世界への挑戦もまだまだ終わっていない。そんな姿勢も表せたらと考えました。ドン・キホーテのストーリーはミュージカル「ラマンチャの男」としても知られていますが、そのなかの有名なナンバーである「見果てぬ夢 インポッシブル・ドリーム」の歌詞の内容にも共感するところはあります。

マスネの曲はドン・キホーテの従者であるサンチョ・パンサが、ドン・キホーテの奇行や戯言を笑う民衆の前で歌うものですが、サンチョ・パンサだけはドン・キホーテに人間的な温かさを見出していて、彼の奇行をも理解して受け入れている。その想い反映するような夢見るように美しい魅力的なアリアになっているんです。

イベールの「ドン・キショットの4つの歌」は、かの有名なシャリアピンがドン・キホーテの映画を制作する企画を立てた際にラヴェルとの競作から生まれた作品でドン・キホーテの死まで包括的に描いてます。文学作品としてのドン・キホーテの世界を体現していますね。僕はラヴェルの曲よりこっちの方がいいなと思うので取り上げました。初めて聴かれる方も多いのではないかと思います。

ヴォーン・ウィリアムズの「旅の歌」は旅そのものの音楽ですね。今回のプログラムではこの「旅の歌」とイベールの「ドン・キショットの4つの歌」とマーラーの 「リュッケルト歌曲集」の3つの連作歌曲集を入れました。ヴォーン・ウィリアムズについては、ひとりの青年が孤独な放浪の中で遭遇する女性との愛と別れ、喪失を描いています。全9曲から成っていますが青年の心理が精妙に表現されていて、歌い進むにつれ深みが広がっていきます。

大西宇宙

──リュッケルト歌曲集についてですが、5曲それぞれの世界観が異なっています。歌手の方によって歌う順番が違っていたりと解釈が様々ですね。

大西 この作品には宗教的な問題も絡む難しい部分があり、自分の中でまだはっきりとした答えが見いだせないところではあるのですが、リュッケルトの詩とマーラーの音楽に向かい合っていると、喪失から希望を見出し人生を再生していくようなものがあり自分の心と響きあうものがあるんですよ。それを探ってみたい。
曲順については、1)やさしい香りを吸い込んだ 2)美しさだけで愛するなら 3)わたしの歌を覗かないで 4)わたしはこの世から忘れ去られ 5)真夜中に の配置で歌います。これはリサイタルで伴奏してくれるジーガーさんと相談して決めました。
プロコフィエフの《戦争と平和》からのアリアは主人公のひとりであるアンドレイが歌うものですが彼の性格が映し出されていると思います。ハーバード大学の知人が言うには、アンドレイの父親は頑固親父というか厳格な人で、それが彼の生きざまに影響し、複雑なキャラクターを与えているとのことでしたが、曲を歌ってみて確かにそんな感じがします。

ブライアン・ジーガー
<ブライアン・ジーガー(ピアノ)>

──共演されるピアニストのブライアン・ジーガーさんはジュリアード音楽院の声楽科学科長を務めていらっしゃる方ですね。

大西 僕を発見してくれた恩師です。ジュリアード音楽院に留学するためのコンクールの際に、彼からシェイクスピアの詩についての理解を問われ、自分の解釈を述べたら感心してくれて第1位に繋がったんです。
ジーガー氏は何しろハーバード大学も出ているインテリジェンスの持ち主ですからレッスンも文学に関して触れるなどとても頭を使いました(笑)。
そして、デボラ・ヴォイト、アンナ・ネトレプコ、スーザン・グラハム、ピョートル・ぺチャワ、ジョイス・ディドナートなどメトロポリタン・オペラの常連の歌手たちの伴奏をしてきたことでも、ピアニストとしていかに高く評価され厚く信頼されているかがお分かりかと思います。
とくに歌曲について造詣が深く、以前にマーラーの「大地の歌」を歌ったときにもアドバイスしてくれたんですよ。演奏家としてだけでなく教育者としてもパーフェクトな人ですね。とても忙しい方なので来日して共演してくれるのは本当に嬉しいです。今回のリサイタルのプログラムが無謀かと思い彼に意見を訊いたら、いい選曲だと言ってくれたので安心しました(笑)。
自分自身でも日本語訳に携わりましたので、それもお楽しみ頂ければと思います。

──ありがとうございました。本番のステージを楽しみにしています。

大西宇宙

音楽ライター 後藤菜穂子さんによる曲目解説及び大西宇宙自身が携わった歌詞の日本語訳は、PDFでご覧いただけます。

Program Notes/歌詞日本語訳はこちら大西宇宙

< インタビュー前編


<公演情報>
五島記念文化賞 オペラ新人賞研修成果発表
大西宇宙 バリトン・リサイタル
日時・会場:
2023年10月22日(日) 14:00 滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール 小ホール
2023年10月24日(火) 19:00 東京文化会館 小ホール
出演:大西宇宙(バリトン)、ブライアン・ジーガー(ピアノ)
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2028/


◆大西宇宙のアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/takaokionishi/

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