2023/12/26
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【プラハ交響楽団と共演!】牛田智大 インタビュー
執筆:ピアニスト・音楽ライター 長井進之介
美しい音色、作品に対する深い尊敬と愛情によって生み出される解釈、それらをまとめあげる構築力…ピアニストの牛田智大の魅力はとどまるところを知らない。常に謙虚な姿勢を崩さず、音楽に真摯に向き合い続ける彼の音楽は絶えず“深化”し続けている。そんな牛田にとって大切なレパートリーの一つがラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。2024年は早速この名曲を、プラハ交響楽団(指揮:トマーシュ・ブラウネル)との初共演で届けてくれる。
―ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を牛田さんはキャリアの早い段階から演奏されてきましたが、どのように捉えていらっしゃいますか。
ロシア音楽には「重要な音」と「それを支え彩る音」を明確に分けて音を層のように捉えることで立体感を持たせるアプローチが必要な作品が多く、たとえば協奏曲第3番などは完全にその傾向の作品です。しかし第2番は、どちらかといえばドイツ音楽やショパンのように、すべての要素を歯車のように有機的に組み合わせることを求めるような書法が用いられている点で特殊な作品です。オーケストラが主たる要素を請け負う部分も多く、交響曲のように作り上げられていますね。
―その分ピアニストとオーケストラとのやり取りが緻密になっていますよね。
もちろんどの協奏曲でもそうなのですが、とりわけオーケストラとのコミュニケーションがとても重要と言えますね。ピアニストとオーケストラがそれぞれ主張しあい、時には譲り合いつつ、押し引きしてバランスを取っていきます。はじめてこの曲に取り組んだのは10代半ばでしたが、一番悩んだのがアンサンブル面でした。それでも様々なオーケストラや指揮者の方とご一緒させて頂く中で、お互いのパートが理想的に共存できるようなバランスの取り方が見えてきたような気がします。
―この作品はラフマニノフにとっての“復帰作”であり、内容、作曲技法共に非常に充実した作品ですが、とりわけ彼の祖国への愛情も反映された作品です。
同じロシア出身の作曲家であるプロコフィエフはロシアの現代的あるいは先進的な部分に美を見出した存在でしたが、ラフマニノフはより前時代的な、帝国時代の素朴で豊かな時代に溢れていたロシアの雰囲気に想いを馳せるように、ノスタルジックな雰囲気を作り出しています。ラフマニノフというとドラマ性やスケールの大きさがクローズアップされがちですが、実は非常に内面的で、もろい部分もあるのですよね。
―プラハ交響楽団、そして指揮のトマーシュ・ブラウネルさんとは初共演ですね。
プラハ交響楽団をはじめ、チェコのオーケストラが奏でる音色は弦楽器の響きが特徴的だと思います。美しいのはもちろん、いわゆるオールド楽器の「シルバー・トーン(燻銀のような、あるいはすすり泣きを思わせる音色)」のような、とても心を震わせる魅力を持っています。第2番はラフマニノフの内面的な部分が非常によく現れている作品ですが、プラハ交響楽団のとりわけ美しい響きの弦楽器とご一緒させて頂けることで、ラフマニノフの繊細さを理想的な形で表現できるのではないかと期待しています。また、このオーケストラは2年前にブラウネルさんの指揮、ルカーシュ・ヴォンドラーチェクさんのピアノ独奏でラフマニノフのピアノ協奏曲の全曲録音を出されています。いま彼らはとてもラフマニノフの音楽に近いのではないでしょうか。今回ご一緒させて頂くことで、今までにないような響きが体験できたらいいなと思っています。
―2023年はラフマニノフのアニヴァーサリー・イヤーでしたが、牛田さんご自身、ラフマニノフ作品をよくお弾きになったり聴いたりといったことはありましたか?
協奏曲を弾かせて頂く機会が多く、独奏曲は公の場で演奏することはありませんでしたが、アニヴァーサリー・イヤーをきっかけに少しずつ色々な曲を譜読みし始めています。実はラフマニノフ作品に初めて触れたのはピアノ協奏曲第2番でした。普通であれば逆ですよね(笑)。ただ、ラフマニノフの作品はピアノ曲も常にオーケストラの響きが感じられますから、オーケストラと共演するピアノ協奏曲から始めたからこそできる見方があると思います。
―特に今後弾いていきたい作品はありますか?
ピアノソナタ第1番です。調性がニ短調で、「怒りの日」の引用があるなど、ピアノ協奏曲第3番と共通するように思える部分がたくさんあるのです。ロマ音楽からの影響、宗教的な要素など様々なものが内包されており、魅力的な作品です。ぜひいつか皆様にお聴きいただけるように準備をしたいと思います。
―ピアノ協奏曲第3番と言えば、以前クラシック音楽を香り化する「La Nuit parfum(ラニュイ パルファン)」で発売された「ピアノ協奏曲第3番」で解説も執筆されましたね。
とても光栄な機会でした。私は香りの調合には関わっていませんが、ラフマニノフのノスタルジックな空気感と同時に、作品を客観的に見たときに感じられるような新鮮な雰囲気が感じられるものだったと思います。香りというのは特別なもので、目や耳と感じるのとはまた違う、身体の内側から近づいていくような感覚があります。音楽と香りを同時に楽しむような文化が今後広がっていくといいなと思いました。
―最後に、今回のツアーで演奏される第2番について、牛田さんが持つ香りのイメージを教えてください。
水に近いものでしょうか。香りがないということではなく、濁りがなく透明感があり、新鮮さと同時に普遍的なものを感じるのです。かつて三宅一生がはじめて香水を手掛けたときに選んだテーマも「水」でしたが、それに近いものがあります。第2番はラフマニノフの他の作品に比べて良くも悪くも「透明」で、例えば交響曲第1番や協奏曲第3番、パガニーニ狂詩曲などにみられる哲学性や一種のエゴイスティックな要素が非常に薄く抑えられています。それが長所でもあり短所でもあり・・・しかし結果的にそのことが、作品に普遍性や懐深さのようなものをもたらしたのかもしれませんね。
<公演情報>
2024年新春、楽都プラハの名門オーケストラ&多彩な出演者が咲かせる大輪の華
プラハ交響楽団
2024年1月9日(火) 19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
出演:トマーシュ・ブラウネル(指揮)、牛田智大(ピアノ)
2024年1月11日(木) 19:00 サントリーホール
出演:小林研一郎(指揮)
2024年1月12日(金) 19:00 ミューザ川崎 シンフォニーホール
出演:トマーシュ・ブラウネル(指揮)、岡本侑也(チェロ)、牛田智大(ピアノ)
2024年1月14日(日) 19:15 サントリーホール
出演:トマーシュ・ブラウネル(指揮)、岡本侑也(チェロ)
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2056/