2024/1/7
ニュース
~第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝者コンサートに向けて~ プレイエルの魅力に迫る。技術者 高木裕 ×ピアニスト 川口成彦 インタビュー【後編】
執筆:音楽ライター高坂はる香
撮影:松尾淳一郎
インタビュー前半では、コンクールの感想、そして1843年製プレイエルの出自を教えていただきました。
ショパンがシングルアクションのプレイエルを好んだわけ
—ショパンを当時のプレイエルで弾く意義について感じることを、改めて教えてください。
高木 プレイエル社は、ショパンの没後も十数年間、当時としては時代遅れといっていいシングルアクションの楽器を作り続けました。エラール社が超絶技巧に対応するダブルエスケープメントを採用した最先端の楽器を製造する中、すぐにでも新技術を取り入れたかっただろうと思うんですよ…僕は技術屋ですから、プレイエル氏の気持ちは想像できます。
それでもプレイエルが、連打も音量を変化させることも難しいシングルアクションから変更しなかったのは、ショパンからよほど強く“変えるな”と言われていたからではないかと思います。
つまりショパンがそれだけこだわるほど、シングルアクションのプレイエルは別物だということです。
構造が複雑になるほど、実際に音が出るのは指のずっと向こうになるので、ある意味、そこまでの間でいろいろなエネルギーや感情が遮断されることになります。一方で単純なアクションは、鍵盤からハンマーの先までが一体化した感覚で弾けて、感情を込めやすいのです。弓で弦を直接こするヴァイオリンのような表現方法により近いということです。だからこそショパンは、音色を変えて感情を伝えるため、シングルアクションのプレイエルを好んだのでしょう。
川口 ショパンは前時代的思考の持ち主だったと思うんです。もちろんピアノの奏法やクリエイティヴさという意味では、驚くほど新しいことをしていますが、それらは全て前時代を尊重した上で成り立っていたものです。そう考えると、ショパンがプレイエルに、ダブルエスケープメントにしないでほしいと強く言っていた可能性はありそうですね!
一方で、例えばベートーヴェンは究極の未来志向で、その時代の最先端の楽器はもちろん、100年後のことまで考えて作品を書いていたように思います。リストもどちらかというと未来志向型で、エラールをはじめとする新しい楽器を愛用していたことがよく知られています。
リストとショパンは真逆のタイプなので、この二人のことを知ると、ロマン派前期におけるピアノと作曲の関連性が理解できると思います。
高木 プレイエルやエラールもそうですが、戦前まで楽器メーカーは、その時代の一流の作曲家の意見を聞きながら楽器を開発していましたからね。量産型のモダンピアノの時代になって、その構図が変わってしまいました。
—その意味で川口さんとしては、同時代の作曲家でも、“リストは現代ピアノで弾いてもいいけれど、ショパンはやはり当時のプレイエルで弾きたい”と感じるわけですね。
川口 「絶対!」というわけではないですが、そうですね。リストもそうですが、例えばベートーヴェンの「熱情」や「ハンマークラヴィーア」をモダンピアノで弾くことにも共感出来る部分はあります。古楽器で弾いた場合は「楽器の限界を突破しようとする極限的エネルギー」が重要な要素にもなってきますが、モダンピアノで演奏したときにベートーヴェンが音楽的に求めていたものがさらに見えてくる場合もあります。もちろん演奏者自身の感覚の問題ですが。
ショパンの時代のピアノのピッチ問題
高木 あとはピッチの違いも大きな特色ですよね。このプレイエルは430Hzあたりで調律していて、一般的なモダンピアノの半音の半分低くなるので、モダンピアノに慣れていると最初はとまどうかもしれません。でも実際、ショパンの時代はこのピッチだったので、今のピッチで弾くと、かなり明るい音色になってしまいます。
川口 低いピッチで弾くと、現代ピアノのピッチで弾いたときより、憂いや翳りが感じられますよね。
僕も前はバリバリ絶対音感があったので、古楽器を弾き始めた頃は混乱して大変だったのですが、一度全部崩壊させたので、今は、コンサートの前半は全音低いベルサイユ・ピッチ、後半は430Hzで演奏ができるほどになりました。絶対音感をなくせて嬉しいです(笑)。昔の人はおそらくこういう感覚だったのでしょうし。
高木 そう、今の技術で分析、測定して、当時のピッチを小数点以下まで割り出すという話も聞きますが、実際、その基準としている古いパイプオルガンのようなものが、サビや経年劣化で変化しているかもしれません。同じピッチの音叉をつくって揃えていくにしても、今のように水晶発振器を使っていたわけでもありませんから、完全にぴったりだったはずないと思うんです。
—昔の人はそこをあまり気にしていなかったのでしょうか?
川口 絶対音感というより相対音感の世界でしたから、大切なのは音程差で、それによって調性が認識されていたといえます。そこから人々が、調性ごとの性格を感じて聴いていたのでしょう。
高木 邦楽器のピッチが430だと聞いたことがありますが、国際交流のない時代、全く違う地域でほぼ同じピッチが使われていたというのはおもしろいですよね。それって、元々音楽は、人間が歌いやすいピッチで始まったことに由来するではないかなと。後に楽器で伴奏するようになってピッチを合わせることに神経質になり、さらに広い会場で合奏する機会が増えて、ピッチが上がっていってしまったのではないかと僕は思います。
川口 最近だと、藤井風さんが432のピッチで曲を作っていて、癒しの周波数といわれていますよね。今、既存の音源のピッチを下げて聴くことができるアプリもあるそうです。人間本来の自然な感覚に沿うと、低いピッチのほうが共鳴できるということなのかもしれません。
ショパンの時代のプレイエルが聴ける演奏会は、貴重!
—ところで、シングルエスケープメントのプレイエルでオーバーホールされてない楽器を発見するのって、どのくらい難しいのですか?
高木 台数は作っているけれど、戦争で焼けてしまったものもたくさんあるので、ネットワークを駆使してようやく見つけられるという状態です。ショパン自身が売ったプレイエルは約60台あるという記録が残っていますが、こういったプレイエルが見つかると“ショパンのお墨付き”ということで通常の3倍以上の値段になってしまいます。
時代とともに、楽器は作曲家の時代の状態からどんどん遠くなっていくので、古楽器を知るというアプローチから音楽を探究することは大切です。過去には証拠がありますから。
それで僕はこうして、プレイエルはじめ、ラフマニノフやホロヴィッツのスタインウェイも研究のために修復しているのです。
川口 当時の最前線だった楽器からは、その時代のリアルな風潮がわかりますよね。
高木 そしてそういう楽器を実際にコンサートで弾いてもらうため、自分たちで楽器を運搬するシステムの確立にも力を注ぎました。クラシックはアリーナのように巨大で興行収入の大きい会場での公演はまずありません。キャパシティの少ないホールでも最適な楽器を持ち込んで公演をするには、いかに運搬費用をかけないかが大切です。女性の技術者が一人でフルコンを運べるシステムも開発して、特許をとっています!
川口 僕、高木さんがいなかったらどうやってプレイエルでの演奏活動をやっていたのだろうと思いますよ! 古楽器奏者は、楽器を貸してくださる方との信頼関係が重要なので、高木さんがこんなにフレンドリーでアーティストに協力的な方だということは、奇跡のように嬉しいことです。
古楽器はデリケートなので、お客さんが入ったことによる湿度変化でだいぶコンディションが変わり、反応が悪くなることもありますが、それをいちいち気にしていたら弾けません。「もう、こんなになっちゃって!」くらいに思えるようでないと古楽器奏者はできないんです(笑)。だからお客様にも、例えば弾いているうちに少し調律が狂うようなことは気にしないおおらかさで、リラックスして聴いてほしいですね。
高木 そう、古楽器においては、“弾きやすい”っていうのは褒め言葉じゃありませんからね(笑)! それはある意味、誰が弾いても一緒っていうことだから。その会場にあるものではなく、このピアノだからこそ表現したいものがあるというアーティストのために、私たちは楽器を用意しているのです。
《公演情報》
第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝者コンサート
日時:2024年1月30日(火) 19:00
会場:東京オペラシティ コンサートホール
出演:エリック・グオ(第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝者)、鈴木優人(指揮)、バッハ・コレギウム・ジャパン
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2059/
第2回ショパン国際ピリオド楽器コンクール優勝者 ソロ・リサイタル
2024年1月25日(木)19:00開演 静岡・アクトシティ浜松中ホール
2024年1月26日(金)19:00開演 兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホール
Concerts are co-organized by Adam Mickiewicz Institute / The Fryderyk Chopin Institute
Adam Mickiewicz Institute : https://culture.pl/jp/topic/asia https://iam.pl/en
The Fryderyk Chopin Institute : https://nifc.pl/pl