2024/1/9
ニュース
【高坂はる香さんがお勧めする公演をご紹介!】 ラファウ・ブレハッチのシューマン/アンドレイ・ボレイコ指揮 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
高坂はる香(音楽ライター)
ラファウ・ブレハッチがショパン国際ピアノコンクールで優勝してから、19年の歳月が流れました。優勝当時20歳だった彼も、来年には40歳を迎えることになります。
クリスチャン・ツィメルマン以来30年ぶりのポーランド人優勝者として脚光を浴び、ショパンの再来といわれたブレハッチ。実際、彼のピアノに宿る優しさや哀しみ、意志の強さとかすかな気難しさは、まさに、私たちが伝記や作品から知るショパンのイメージと重なります。
しかしブレハッチは、ショパンばかり弾いて膨大な公演数をこなすという、このコンクールの入賞者が陥りがちな状態を自らに許すことはなく、「自分の心や気持ちを聞き、直感を大切に」公演数やレパートリーを自分のペースでコントロールして大切に音楽を育みました。あわせて哲学や音楽美学の勉強にも打ち込み、それによって「人間というものをより理解し、人生についてさまざまな側面から捉えることができるようになった」と話します。
そうして今成熟の時を迎えようとするブレハッチが、今回アンドレイ・ボレイコ指揮、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団と共演するのは、日本初披露となるシューマンのピアノ協奏曲です。
ショパンと同じ年のドイツに生まれ、同じ時代を生きたシューマンですが、その音楽性、ピアノという楽器への向き合い方は、ショパンとは少し異なるといえるでしょう。文学の影響が色濃く、ドイツ的な感性も大いに反映され、同時に空想の世界を生きているかのようなその世界観に、ブレハッチは一体どのような共感を抱いているのでしょうか。
実はブレハッチがショパンコンクール優勝直後、ドイツ・グラモフォンと契約する前にリリースしたデビューアルバム(録音はコンクールの半年前)には、シューマンのピアノ・ソナタ第2番が収録されています。彼はその後も時間を空けてこのレパートリーを取り上げているので、シューマンには何らかの思い入れがあるはず。そしてなにより近年のブレハッチの音楽は、より自由に、オープンになってきている印象なので、シューマンとの距離は一層近くなっているのではないでしょうか。
以前ブレハッチに、“哲学を学んだ今、人間についてどんな印象を持つようになったか”を尋ねたところ、こんなふうに答えてくれました。
「我々は、自分たちについて少しは知っているけれど、同時に、人生におけるとても重要な問題からはずっと逃れることができないと感じています。例えば、私たちが今いるのはどこで、死後はどこに行くのか、死んだ後にも生活があるのか、人生における苦しみとは何か、苦しむことの意味は何なのかというようなことです」
シューマンはまさに、天から才能を与えられ、自らの心の浮き沈みを音楽でありありと表現することができたと同時に、生きることに苦悩した一面もあった人でした。そんな彼が生涯で唯一残したピアノ協奏曲であり、最愛の妻で優れたピアニストだったクララが初演の独奏者をつとめたこの作品を、ブレハッチは、どのような感情を込めて奏で上げるのでしょうか。あの優しい音でシューマンを包み込むような演奏になるのか、それとも全く別のアプローチになるのか。
「ピアニストの役割は、作曲家の気持ちに入り込み、それを新しい形で再現すること。自分の内面にあるものを見つめながら、心に従って弾いていきたい」と話すブレハッチ。今回はなじみのある祖国ポーランドのオーケストラとの共演ということで、息のあった対話を繰り広げながら、のびのびと深くシューマンの心に入っていってくれることに期待しましょう。
《公演情報》
シューマンで新たに花開くブレハッチのピアニズム
アンドレイ・ボレイコ指揮ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2062/
2024年2月8日(木)19:00開演 サントリーホール
ルトスワフスキ:小組曲
シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54 <ピアノ>ラファウ・ブレハッチ
ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 Op.73