2024/7/1

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【レポート】ラインガウ音楽祭におけるフランクフルト放送交響楽団

取材・文:那須田 務 (音楽評論家)

 この秋、フランクフルト放送交響楽団がフランスの指揮者アルティノグルとともに来日する。同団が拠点とするフランクフルト・アム・マインは、ヘッセン州を流れるマイン川ほとりのドイツ屈指の大都市。中世以来、金融や商業、交通の要衝として発展してきた。超モダンなビルが立ち並ぶとともに、旧市街地には歴代ローマ帝国皇帝の戴冠式が行なわれた大聖堂や中世の街並みが古雅な風情を添える。ゲーテの生誕地としても知られる文化都市だが、音楽もさかんで歌劇場の他、二つのオーケストラが活動している。その一つが、このフランクフルト放送交響楽団だ。

フランクフルト旧市街地 撮影:那須田務

フランクフルト大聖堂 撮影:那須田務

 ドイツでラジオ放送が始まってまもない1929年に、ヘッセン放送局(開局当初は南西ドイツ放送局)専属のオーケストラとして創設された(現在ではHessischer Rundfunkの頭文字をとってhr-Sinfonieorchesterと略称される)。初代音楽監督ロスバウトの頃から古典と現代音楽に力を注ぎ、第2次世界大戦の復興期にシュレーダーらのもとで著しい成長を遂げて、世界各地への演奏旅行やレコードやCD録音を通して高い評価を得、2021年からアルティノグルが首席指揮者・音楽監督を務める(ちなみに歴代音楽監督にインバル、パーヴォ・ヤルヴィ、キタエンコ、オロスコ=エストラーダらがいる)。そんなhr交響楽団が6月23日にラインガウ音楽祭のオープニングを飾るというので聴いてきた。
 アルティノグルの指揮でブルース・リウのベートーヴェンの《皇帝》(来日プログラムと同じだ)とスメタナの《わが祖国》から4曲。ホールはフランクフルト郊外のヴィースバーデンのクアハウスだ。
 ヴィースバーデンはかつて欧州で最も古い温泉保養地の一つでヘッセン州の州都。19世紀にドイツ皇帝の宮廷都市として宮殿などが建設され、第2次世界大戦の空襲の被害を受けなかったこともあって今も典雅な姿を留めている。会場のクアハウスはクラシック様式の超豪華な建物でカジノを併設、ホールの内装などは目を瞠るほどの美しさだ。

 コンサートは午後7時から始まった。一曲目《皇帝》の第1楽章。冒頭のオーケストラの充実した和音がホールに響きわたると、入念に磨かれたピアノのパッセージが軽やかに駆け上がる。その後は比較的速めのテンポを採って大きな音楽の流れのなかで緩急、情感の変化が十分なメリハリをもって示される。再現部前の静寂に満ちたピアノ・ソロがすばらしい。第2楽章が絶品。弱音器をつけたヴァイオリンの主題を支える、コントラバスの柔らかなピツィカートが印象的。ピアノのタッチはいよいよ冴えわたり、甘美な音色で丁寧に紡いでいく。アルティノグルは手の動きでオーケストラに繊細なフレーズの造形とアーティキュレーションを伝え、弦はヴィブラートを抑えてテクスチャーの明度が高い。3楽章もソロ、オーケストラともに明るい情熱に満ちた快演。熱狂的な拍手に応えて、リウがアンコールに《エリーゼのために》の数節を弾き始めると客席から思わず笑い声。ところが途中からジャズの即興風に。啞然とする聴衆を前に猛烈な勢いで弾き切ったのは、ウスラン編曲《ラグタイム風エリーゼのために》だった。

休憩後はスメタナの《わが祖国》から最初の4曲。〈ヴィシェフラト(高い城)〉、伝説の吟遊詩人の竪琴を象徴する2台のハープは気品に溢れ、主部で木管から弦に主題が受け継がれるときの、腰の入った芳醇なサウンドとフレージングはhrの美質の一つだろう。高揚感が増すとヴァイオリンは、全員が前身を傾斜させて凄まじい歌い込みを示す。〈モルダウ〉では冒頭のフルートとクラリネットを始め、管楽器奏者たちの力量が十全に発揮される。結婚式のポルカ、テーマの再現、川面に踊る月の光や水の精の踊り、「聖ヨハネの急流」など作曲家の示した詩的標題にそった音楽が、大きな流れに乗って生き生きと奏でられる。「月の光…」の部分などはまさに印象派のような幻想性を湛え、「急流」の激しさはまさに危険を顧みない激しさだ。〈シャルーカ〉と〈ボヘミアの森と草原より〉にも同様のことが言える。アンティノグルはスメタナの詩的標題に従ってオーケストラから多彩な情感や豊かなイメージに富んだ表現を引き出す。加えてデュナーミクや各楽器のバランス、劇的な構成が巧みだ。パリ育ちらしいエスプリと霊感に溢れ、柔軟性に富むとともに、快活で情熱的な感性を持った人のようだが、就任わずか3年目でインバルやオロスコ=エストラーダの時とはまた一味違ったサウンドと音楽を、このドイツの名門放送交響楽団から引き出していた。10月の来日公演が楽しみだ。


フランクフルト放送交響楽団の音楽監督、アラン・アルティノグルのインタビューが下記でご覧いただけます!
⇒【インタビュー】アラン・アルティノグル(1)はこちら
⇒【インタビュー】アラン・アルティノグル(2)はこちら


◆フランクフルト放送交響楽団のアーティストページはこちら
https://www.japanarts.co.jp/artist/hr/

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