2024/7/16

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【レポート】舘野泉 記者懇親会(2)

ライター・千葉望

【レポート】舘野泉 記者懇親会(1)はこちらから

親友ノルドグレンの生誕80年を記念するコンサート開催

3カ国の旅から帰国して間もない9月20日、舘野は旧東京音楽学校奏楽堂で、フィンランドを代表する作曲家の一人である故ペール・ヘンリク・ノルドグレンの生誕80年を記念するコンサートに参加する。このコンサートは長男であるヴァイオリニスト、ヤンネ舘野が主宰する室内楽コンサートの第31弾として開催される。ノルドグレンは1970年から73年まで舘野の母校でもある東京藝術大学に学んだ。キャンパス内にある旧奏楽堂にも親しんだかもしれない。日本文化に影響を受けた作品も多く、特に小泉八雲の「怪談」は彼の心をとらえた。舘野とは長年にわたって親しい関係を結び、『小泉八雲の会談によるバラード』(全10曲)、ピアノ協奏曲3曲、『小泉八雲の怪談によるバラードⅡ』などのピアノ曲はすべて舘野に捧げられている。

記念コンサートでは舘野に捧げられた左手ピアノの作品のほか、弦楽四重奏曲やピアノ五重奏曲など、バラエティに富んだ音楽が楽しめる。

「ノルドグレンとは、僕がフィンランド放送交響楽団とで矢代秋雄のピアノ協奏曲を演奏する際、プログラムに曲目解説を書いてくれたことが出会いのきっかけでした。『会って話を聞きたい』ということで会ったのですが、内気な人で口下手。でも、できあがった文章が本当に素晴らしかった。その後彼が日本に留学するとずいぶん会うようになりました。僕は是非とも彼にピアノ曲を書いて欲しかったのだけど、なかなかうんと言わない。でもある時、東京から新大阪へ向かう新幹線に二人で乗る機会があり、当時まだあった食堂車でお酒を飲みながら話しているうちに酔っ払って、その勢いでとうとう書いてくれることになったんです」

若き日のノルドグレンと

それが小泉八雲の「怪談」に刺激された作品「耳なし芳一」だった。完成から2週間後には仙台で初演。演奏した舘野も、それを聴きに仙台までやってきたノルドグレンも感激する演奏会となった。「怪談」に着想を得て作られた作品はその後10曲まで増えた。
家族ぐるみのつきあいとなったノルドグレンとは舘野が「左手のピアニスト」となってからも縁が続き、左手のための作品『小泉八雲の怪談によるバラードⅡ』も作られた。かなわぬ恋の怨念が振袖にやどる「振袖火事」、美しい娘の絵姿に恋をする「衝立の女」、人ならぬものとの恋に身を滅ぼす「忠五郎の話」が並ぶ恐ろしくも美しい3つの作品集で、今回は朗読がつく。

「ノルドグレン:耳なし芳一」の楽譜

「でも彼は16年前、63歳で亡くなってしまいました」

ノルドグレンが生きていれば80歳。懐かしい藝大キャンパスの旧奏楽堂で行われる演奏会は何よりの手向けとなるだろう。

ここで舘野による光永浩一郎の「海と沈黙」と、記念コンサートでも弾く予定のノルドグレン「振袖火事」が演奏された。光永の曲は遠藤周作の名作『沈黙』から着想されたものという。「最近、移動には車椅子を使う」と話していた舘野だが、ひとたびピアノに向かえば、いつもと変わらぬ力強い音が響いた。

またも新曲に挑戦するバースデー・コンサート2024

11月4日には恒例のバースデー・コンサートが開かれる。今年も3つの委嘱作品に挑戦するという。10数年前から京都に暮らすアルゼンチン出身の作曲家パブロ・エスカンデの作品が2曲、そして平野一郎の『水夢譚』である。

「エスカンデには毎年1曲ずつ書いてもらっていますが、その度に魅力ある作品を作ってくれます。一昨年は美術家のバンクシーのことが盛り込まれた3つの楽章からなるヴァイオリンとピアノの作品『グラフィティ エリア』が生まれました。ピアノの三手連弾の曲『音の絵』もあります。最初に音楽がある程度できてから絵を探すという変わったやり方をしています。いろんな絵描き、たとえばルソーのエロチックな絵とか、ゴヤの『荒野の砂に埋もれた犬』とか、カンディンスキーの『空の青』という曲もあります。スリリングで溌剌とした曲ですよ。そんなふうに毎年工夫してくれています」

今回はオスカー・ワイルドの小説に刺激された「ナイチンゲールと薔薇の花」と、ゴヤからイメージを得た「魔女の夜宴」が弾かれる予定である。

後半は平野一郎の『水夢譚 洋琴・笙・尺八・胡弓・箏と打物に依るヤポネシア山水譜』が登場する。

「ある日、僕のコンサートを聴いた方が電話をかけてこられ、『私には邦楽器を演奏する知り合いがたくさんいる。邦楽器を取り入れた曲を作るいい作曲家を紹介してくれないか』と言われたのです。考えた末に『平野一郎がいいのではないか』と思い、紹介しました。話し合いの席には僕も同席したのだけれど、話をするうちにどんどん広がっていって『いったい話はどこへ行くんだろうな?』『おもしろいものができるんじゃないかな』と思うようになりました。1年ほど経った頃、平野さんが自作の『鬼の学校』を聴きに札幌まで来てくれた際、アイヌの遺跡なども巡ってインスピレーションを得たようで、『やってみます』と答えてくれたんです」

しばらくして出てきたアイデアが『水夢譚 洋琴・笙・尺八・胡弓・箏と打物に依るヤポネシア山水譜』である。「洋琴」とはピアノのこと。邦楽器の多くもシルクロードやインドなどから遠く日本に渡ってきたいわば「外来種」が原型となっている。「その中でもピアノは新参者」(舘野)。平野は「私たちの日本諸島(ヤポネシア)に寄せ来る波のように次々と渡来し、長い時間をかけてかけがえのない風土の色に染まったさまざまな楽器たちが、目下その最後の波として漂着した洋琴を物珍しげに取り囲んで、誰も聞いたことのない言葉で対話し共鳴し始める、といった理想から発しています」と言う。

思えば舘野は若い頃に「ヤポネシア」から出て「洋琴」の本場へと渡った人である。「洋琴」の伝統からさまざまなものを学び、世界で活躍し、再び「ヤポネシア」へと戻って古参の楽器と交わることになった。山水に恵まれた日本の風土の中で「洋琴」は何ができるのか。イメージが膨らむ。

「まだどれも楽譜は届いていないけれど、まあ、楽しみにしていてください」

そう言って、舘野はいつもの笑顔で記者会見を締めくくった。

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◆舘野泉のアーティストページはこちら⇒https://www.japanarts.co.jp/artist/izumitateno/

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