2024/8/27

ニュース

  • Facebookでシェア
  • Twitterでツイート
  • noteで書く

【インタビュー】森麻季 バーミンガムでの《蝶々夫人》について語る

森麻季は6月29日に山田和樹指揮バーミンガム市交響楽団との共演で「蝶々夫人」を上演し、大きな話題となりました。宮本明さんによるインタビューをお届けします。

2024年6月29日 蝶々夫人

「森麻季は愛すべき蝶々夫人だった。情熱的に高揚する《ある晴れた日に》など、彼女のアリアには拍手喝采が沸き起こった」
──英web『Midlands Classical Music Making』(7月2日)

「森麻季は胸を締め付けるような見事な演技を見せた。ほとんどの聴衆は泣かずにいられなかったはずだ。延々と続く満席のスタンディング・オベーションは、シーズン最後の公演を締めくくるのにふさわしかった」
──英web『The Birmingham Press』(7月3日)

 天皇皇后両陛下のご訪英が大きな話題となった6月末。ロンドンの北200キロにある英国第2の大都市バーミンガムでも「日本」が大きな注目を集めた。バーミンガム市交響楽団の2023-24シーズン最終公演の《蝶々夫人》で、日本の森麻季がロールデビューを果たし、大喝采を浴びたのだ(6月29日/バーミンガム・シンフォニー・ホール)。

2024年6月29日 蝶々夫人
<左:スズキ役の山下裕賀>

 指揮は5月1日付で同楽団の首席指揮者から音楽監督に“昇格”した山田和樹。スズキ役には山下裕賀も招聘された“ジャパン・デー”。客席総立ちの大成功を収めた森麻季に聞いた。

2024年6月29日 蝶々夫人


 蝶々夫人のタイトルロールは、ドラマティック寄りのリリコが歌うのが一般的。それゆえ、同じソプラノとはいえ、高音の鮮やかな技巧を駆使する繊細なレッジェーロの森麻季は自身のレパートリーにはしてこなかった。

「ずっと、自分が歌う役ではないだろうと思っていました。本来私は軽い声なので。若い頃に一度だけオファーがあったのですが、コロラトゥーラの技巧的なものばかりやっていた頃なので、こんな役を歌ったら喉を痛めるのではないかぐらいに思っていたんですね。

 でも最近、少しずつリリコのレパートリーのものも歌うようになってきて。もちろん私の声で、いわゆる太い声ではないけれど、自分の声と表現でも、こういうものもだんだん歌えるようになってきたんだなと。そこへちょうどこのお話をいただいて。

 山田和樹マエストロが、ぜひ私の声で、私の表現でお願いしたいと言ってくださったんです。死ぬまで歌わないと思っていた役だけれど、二度とない機会かもしれないし、マエストロがそうおっしゃってくださるならと、歌わせていただくことになりました」

2024年6月29日 蝶々夫人

山田和樹は、録音や映像のありとあらゆる《蝶々夫人》を聴いて、自分のイメージに合う蝶々夫人は森麻季しかないという結論確信に至ったのだという。

「マエストロは、柔らかくデリケートな蝶々夫人をイメージしていらしたのだと思います。実際プッチーニも、柔らかい繊細な表現が必要とされるように書いているところがかなり多いんですね。もちろんたとえばラストなんかはドラマティックですけれど、裏切られ、自分の子供も連れて行かれて、死を決意する気持ちはよくわかるので、そこはそういう感情的なところで表現できればと思いました。

 現地へ行く前に、日本で一度だけ、ピアノでリハーサルがあって、私が蝶々夫人を歌うのを、もちろんマエストロも初めてお聴きになる機会でした。どういうふうにやりたいかは、あまりおっしゃらなかったのですが、登場のところをやわらかく歌ったら、『こういうのがやりたかったんだよ!思ったとおりのイメージです』とおっしゃってくださって。安心しました。

 リアルということで考えると、もしかしたら私みたいな軽い声でしっかり歌えたら、それがいちばん理想的なのかなと思うところもたくさんありました。立派な声で歌う蝶々夫人と比べたら、たぶん少し幼なく聞こえると思うのですが、蝶々夫人は最初15歳という設定ですから。音域もけっこう高いですし、少し軽めの声がいいのかもしれません」

2024年6月29日 蝶々夫人

 今回はオーケストラの定期公演。コンサートホールでの演奏会形式上演だったから、声量の点でいえば、歌手にとってはよりハードルが高かったかもしれない。ピットではなくステージの上で演奏するオーケストラが、クリアに、大きく聞こえる。

「もちろんオーケストラはドラマティックな大音量でも表現するのですが、マエストロが美しく繊細に作ってくださいました。ホールのとても素晴らしい響きにも助けられて、もちろん私としては自分の120%、150%で歌うところも多かったのですが、それほど無理はせず、喉に負担をかけることなく歌えたのはうれしい発見でしたね。

 マエストロの音楽は、どちらかというとたっぷりめのテンポで、音と音のあいだの余韻を楽しむような感じでした。プッチーニって、遅くなればなるほど、歌うのはとても大変なんです(笑)。でも、その引き伸ばされている感じが、なんとも魔法のような時間で。本当に美しいなと思いながら歌っていました。

 マエストロは、『オペラというのは普通、歌がないと成立しないけれど、《蝶々夫人》はオーケストラでもドラマを作っている。オーケストラだけでも完結するように書かれているところが本当にすごい』と何度もおっしゃっていました」

 演奏会形式とはいっても、衣裳(着物)はつけ、動きもあるセミ・ステージ上演。「日本でのオペラ上演とはいろいろ勝手の違う場面もありました」と笑う。

「当初は蝶々さんの息子役の男の子が出演するはずだったんです。ところが最初のリハーサルで泣きだしてしまって、結局キャンセル。じゃあ、どうしましょうかとなった時に、演出家とシャープレス役の方が機転を利かせて、子供の羽織袴をハンガーにかけてくれて。私はそれを、息子よ!って抱きしめたんです(笑)」

2024年6月29日 蝶々夫人
<右:ピンカートン役のペネ・パティ>

2024年6月29日 蝶々夫人

 9月16日(月・祝)に東京オペラシティコンサートホールで開催される、彼女のライフワークでもあるリサイタル・シリーズ「愛と平和の祈りを込めてVol.14」は、プログラム後半が《蝶々夫人》。語りも交え、物語を追いながら各場面を歌っていく。

「有名なオペラですので、おおよそのお話はみなさんおわかりだと思いますけれども、細かいところまで、順序立ててご存知の方は少ないかもしれません。物語の流れもお話ししながら歌えば、しっかり内容もお届けできますし、オペラ一本を観たように、最後に死ぬというところまでをドラマとして把握していただける。聴きやすいかなと思っています。他の役は歌われないので残念ですけれども、〈ハミング・コーラス〉はピアノ・ソロ編曲を、信頼する共演者の山岸茂人さんが弾いてくださいます」

 いわば“ひとり蝶々夫人”。彼女が英国で得た確かな手応えを、東京で、私たちも共有できるにちがいない。

(インタビュー:宮本明)
写真提供:バーミンガム市交響楽団

《蝶々夫人》
2024年6月29日(土)バーミンガムシンフォニーホール
指揮:山田和樹 管弦楽:バーミンガム市交響楽団  CBSO合唱団
演出:Thomas Henderson
蝶々夫人:森麻季
ピンカートン:Pene Pati
シャープレス:Christopher Purves
スズキ:山下裕賀



森麻季ソプラノ・リサイタル2024

「蝶々夫人」を歌う~プッチーニ没後100年によせる
愛と平和への祈りをこめて Vol.14
森麻季 ソプラノ・リサイタル
日時:2024年9月16日(月・祝) 14:00
会場:東京オペラシティ コンサートホール
出演:森麻季(ソプラノ)、山岸茂人(ピアノ)
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2089/


◆森麻季のアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/makimori/

ページ上部へ