2024/11/8
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【インタビュー】大谷康子に訊く/デビュー50周年記念特別コンサート(後編)
柴田克彦(音楽ライター)
1975年に森正指揮/名古屋フィルとメンデルスゾーンの協奏曲を弾いてデビューしてから50年。「40周年の時は協奏曲を4曲弾いた」が、以上のような経緯もあって「今回は単なる記念コンサートではない」内容を企図した。
「半世紀も同じことを言い続けているのですから、今回はお客様にも選曲意図がわかるようにしたい、そして『今の世界情勢に対して音楽で何ができるか』を、皆で共有し考えられる場にしたいと思ったのです」
コンサートはラヴェルの「ツィガーヌ」で始まる。
「私の演奏は音色に特徴があると言われていますので、サントリーホールでヴァイオリン1本(注:この曲は最初の数分間ヴァイオリンのみで演奏される)の音を聴いて頂きたいとの思いがあって選びました」
2曲目は、大谷が奏者を務める弦楽四重奏団=クヮトロ・ピアチェーリによるショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番。
「まずこの曲は『ファシズムと戦争の犠牲者の思い出に』捧げられた作品です。またクヮトロ・ピアチェーリは、2010年にショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲の演奏で文化庁芸術祭音楽部門大賞を受賞しました。しかもそれはチェロの苅田雅治さんが恩師の井上頼豊さんから託された楽譜を使用しての演奏。その楽譜は、第二次大戦の後シベリアに抑留された井上先生がソ連から持ち帰り、晩年に『君が演奏しなさい』と渡されながら、苅田さんが『どうしても、やっこ(康子)と演奏したい』と言って、待っていてくださったものでした。ですから、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は私の音楽人生の中でも大きな意味があり、その中でも現在の世界情勢を鑑みて第8番を選びました」
前半最後はR.シュトラウスの「メタモルフォーゼン(変容)」。
「これは第二次大戦中に書かれた曲。大戦によって町並みが破壊されていく中で、ドイツの歴史や文化の喪失に対する悲しみや、崩壊していく祖国への惜別の思いを込めながら筆を進めたといいます。それを、付き合いの長い山田和樹さんが指揮する23人の弦楽器の名手の演奏で聞いて頂くのは、とても意味のあることだと思います」
前半はかように重い題材が並んでいるが、後半は「全ての壁を超えて未来へ向える曲にしたいと思ったので、明るい曲、心温まる曲を」とのこと。まずはクレンゲルの「讃歌」。チェロのアンサンブル曲として知られる作品だが、今回は萩森英明氏によるヴァイオリン編曲版が、教え子たちとのアンサンブルで披露される。
「チェロ12本の曲ですが、苅田さんの会で聴いた時に感激してぜひヴァイオリンで演奏したいと思い、萩森さんに編曲して頂きました。今回の公演には教え子が沢山出てくれるので、24人位で演奏しようと思っています」
そして、世界初演となる萩森英明作曲の「ヴァイオリン協奏曲『未来への讃歌』~ヴァイオリンと世界民族楽器のための~」が最後を飾る。
「私の理念を音で実現すべく、『未来に向けて』書いて頂いている委嘱作。ソリスト5人+オーケストラによる協奏曲です。ソロ楽器は、私のヴァイオリン、三浦一馬さんのバンドネオン、梅津和時さんのバス・クラリネット、大西匡哉さんのンゴマ、駒崎万集(※崎:右上が立)さんのドゥタール。ヴァイオリンはロマの楽器でもあり、バンドネオンは南米の楽器、梅津さんはユダヤ音楽のクレズマーに造詣が深い方、ンゴマはアフリカの太鼓で、ドゥタールはウズベキスタン、引いてはアフガンの楽器です。つまり5つの地域、しかも色々な問題を抱えている地域に関係しています。これは今年9年目で来年500回を迎えるテレビ番組『おんがく交差点』で世界各地の民族楽器の奏者たちと共演してきたことが起点になった作品。色々な音楽に向き合ってきたことや今話したような思いを皆で共有したいと考えています。また萩森さんは、琉球交響楽団の委嘱作品『沖縄交響歳時記』等を作曲されていて、『おんがく交差点』でもアレンジをしてくれている方。私の信条をよく理解してくださっているので作曲を託し、『前衛・実験音楽にしないこと』を旨としています」
ちなみにオーケストラ=大谷康子50周年記念祝祭管弦楽団は、著名楽団の奏者やソリストが居並ぶ豪華版。しかもヴァイオリン全員とヴィオラ数名は教え子(他も長年の仲間)だというから、教育面の功績も反映されている。
デビュー50周年の2025年には、5月にイタマール・ゴランとの全国リサイタル・ツアー、各地のオーケストラとの共演など多くの公演を予定しているが、まずはこの「特別コンサート」に注目したい。
最後に皆様へのメッセージを。
「私は、ヴァイオリンで取り組める多くのことをさせていただいてきました。こんな幸せなことはありませんし、美しい楽器ヴァイオリンを作った人、ヴァイオリンとの出会い、そして作曲家たちに感謝したいと思っています。50周年を過ぎてもずっとこの信条でヴァイオリンを続けていこうと思っていますが、まずは皆様に今回のコンサートを体験してほしい。きっと言葉では伝え切れないことを感じ取って頂ける公演になると思います」