2024/12/3
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バイエルン放送交響楽団首席指揮者サー・サイモン・ラトル 来日記者懇親会レポート
取材・執筆:柴田克彦(音楽評論)
11月25日、バイエルン放送交響楽団の公演で来日中のサー・サイモン・ラトル(同楽団首席指揮者)の記者懇親会が行われた。
「バイエルン放送響の来日は6年ぶり。2024年は楽団創立75周年」といった紹介と、招聘元のジャパン・アーツ二瓶社長の挨拶に続いて、ラトルがマイクを握った。
「バイエルン放送響と日本との関係は長く、特にマリス・ヤンソンスの時代には素晴らしい関係を築きました。私がこの楽団の首席指揮者を務めること、その最初期に日本公演ができることを大変光栄に思っています。私と日本との関係も40年以上になります。心の中ではまだ35歳の青年でいるのに、日本との関係が40年以上になるのはどこか違和感があるのですが、そのように私も日本と素晴らしい関係を築いてきました。
バイエルン放送響は、第二次対戦後、理想主義に燃えて設立されました。私はリバプールでのクーベリック指揮の公演でこの楽団の生演奏を初めて聴き、録音を含めて10代の頃から音楽人生を共にしてきました。バイエルン放送響は、独墺音楽に対する根強い基盤を持つと同時に、現代音楽のフェスティバルを長く開催し、初演も多数行っています。そして常時ピリオド楽器演奏に取り組んでいるドイツ唯一のオーケストラでもあります。このように深い伝統がありながらも好奇心に溢れていますから、コンビネーションを好きにならないはずがありません」
続いてバイエルン放送響の事務局長ニコラス・ポントが挨拶を行った。
「この6年間は楽団にとって辛い時期でした。2019年に愛するヤンソンスが亡くなり、パンデミックがあって、1年置きに行っていた日本公演も不可能になりました。それをようやく実現できた今回はまさに特別なツアーです。そしてまた、マエストロとオーケストラは相思相愛の関係です、あるリハーサルの前に『新しい首席指揮者がサイモン・ラトルに決まった』と言った時の団員の喜びようは凄いものでした。パンデミックで過去に囚われていた時期にその報が届き、団員たちは胸をワクワクさせて将来に目を向け始めました。そしてこの1年は新しい時代の夜明けとなり、期待以上のことができました。色々なレパートリーを増やし、世界初演も2度行い、ピリオド楽器を使った演奏にも力を入れるようになり、吹奏楽と一緒に民謡を演奏する新たな試みも行ってバリアを取り除きました。さらに75周年の今年は、アメリカのカーネギーホールで演奏し、ヨーロッパでもザルツブルク、ルツェルン、ベルリンやプロムスを巡るツアーを行いました。その最後が今回のツアーです。このような素晴らしい1年になったことに関して、ラトルさんに心からお礼を言いたい。最後に、12日前ミュンヘンでマーラーの交響曲第7番のライヴ録音を行い、ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートと同じ位の速さでCDのリリースができたことにも感謝したいと思います」
マーラー:交響曲第7番 ホ短調「夜の歌」
ここで質疑応答に移行。まずは前日のミューザ川崎におけるブルックナーの交響曲第9番の名演を踏まえた、「ブルックナーの9番について、特に4楽章版も演奏しているラトルさんの終結に対する考えと、ミューザ川崎への思いを」との問いが出され、ラトルは「ホールの方が簡単なので先に」と述べた上でこう語った。
「マリス・ヤンソンスも私も、世界一好きなホールの1つにミューザ川崎を挙げています。ロンドンにホールを造る時も参考にしましたし、昨日は川崎ではいつも良いコンサートになることを実感しました。その大きな理由は団員が自分の音をよく聞けること。互いのコミュニケーションが密になり、想像力を自由に羽ばたかせることができますし、ホールがそれを支えてくれる安心感があります。ホールも楽器の1つ。ホールが変われば私たちの反応もガラッと変わります。
11月24日ミューザ川崎シンフォニーホールでの公演
提供:ミューザ川崎シンフォニーホール
ブルックナーの演奏は長い旅路です。私が最も尊敬するブルックナー指揮者は、97歳のブロムシュテットさんです。歳はとってもどんどん若返っていますし、指揮するごとに新しい発見をされています。彼ほどブルックナーを理解している指揮者はいません。それはアーリー・ミュージックや教会音楽への根強い基盤ができているからだと思います。ブルックナーは、ロマン派の音楽というだけでなく、そうした基盤を持つ400年の歴史を吹き込まれた音楽です。それと同時に、(後日東京で9番と共に演奏する)ウェーベルンやワーグナーの作品も全てブルックナーが向かう世界を映しています。中でも9番の第3楽章。これほど情熱的で野蛮で不協和音に満ちたアダージョはありません。
終結については、3楽章版、4楽章版のどちらも良いと思っています。ベルリン・フィルで3楽章版を演奏した時、『この先にもっと何かがあるのではないか』との思いが強くなりました。9番は8番のような大スケールの交響曲なのです。一方で、心を崩壊させてしまうようなアダージョで終わるのも良いと思います。ただ、完成された第4楽章は不協和音が多くて尖っていると言われますが、実はその前の3楽章もそう。でも3楽章版は皆が聴き慣れています。同様に聴き慣れれば4楽章版もそうした違和感がなくなるのではないでしょうか」
11月27日サントリーホールでの公演
次に「ブルックナーは交響曲第9番を『愛する神に捧げる』と言っているが、怒りと地獄の要素が沢山あるこの曲をなぜ神に捧げようと思ったのか?」との質問。
「それは、敬虔なキリスト教徒だった彼が、神に対する気持ちが揺らいだ時期に捧げたからです。精神的に病んでいたことが音楽にも反映されていて、和声は完全に崩壊しています。またフィナーレのスコアを見ると十字架の形が至る所に見られます。『何とか神にすがりたい』との思いはありながら、それが厳しかった。これは苦しみ病んだ人が書いた曲です」
最後に「ピリオド楽器」に関する質問。
「アーノンクールのモーツァルトを聴いた時、古楽に戻って楽器や語法等を勉強し直す必要性を痛感しました。古楽を経験すること、古楽で重要なテキストと音楽の関係性を深めることで聴き慣れた楽曲の解釈も変わってきます。バイエルン放送響は私のそうした思いに応えてくれます。現代音楽と古楽を両立させることで全ての音楽に精通する。これがオーケストラにとって重要です」