2024/12/19

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アリス=紗良・オット 公演レポート「ジョン・フィールド&ベートーヴェン」

新譜「フィールド:ノクターン全集」が2月7日にリリースされるアリス=紗良・オット、去る今年9月にレコーディング前のプレツアーがありました。音楽ライターの片桐卓也さんによる公演レポートです。来年6~7月の日本ツアーが待ちきれませんね。

アリス=紗良・オット

アリス=紗良・オット/2024年9月公演レポート

先駆者でもあり、素晴らしいアーティストでもあったフィールドの世界にアリスが誘ってくれた

 アリス=紗良・オットがこの9月に短い日本ツアーを行った。その内容がとても興味深いものだったので、群馬県前橋市のリサイタル(昌賢学園まえばしホール)を聴きに行った。どこが興味深いと思ったのかと言えば、音楽史的には「夜想曲(ノクターン)」の創始者として知られるジョン・フィールドの「ノクターン」を中心に、そこにベートーヴェンの2曲のソナタ、「第19番ト短調」「第14番嬰ハ短調」を加える構成が、これまでに日本ではお目にかかった事の無いプログラミングだったからだ。
 ジョン・フィールド(1782〜1837)の作品をまとめて聴く機会はとても少ないだろう。録音ではかなりの数があるけれど、それをあらためて聴いてみるというチャンスも無かった。今回のツアーではアリス=紗良・オットは9曲のフィールド作「ノクターン」を披露してくれた。基本的には1859年にJ.シューベルト社から出版されたF.リスト校訂版に基づいた番号を元に9曲を選んだと、リサイタルの途中のトークで彼女は語っていた。
 そのフィールドの「ノクターン」だが、実際に聴いてみると、いわゆる我々がイメージする<ショパン的な>ノクターンとはまた違った印象をもたらしてくれるものだった。ショパンでは、溢れ出そうなロマンティックな心を内に秘めながら、詩的な世界が展開する、そんなイメージだが、フィールドの「ノクターン」はそれぞれが個性的な小品として存在していて、表現のスタイルも違っていると感じる。共通しているのは、単一楽章の比較的短めな作品であること、そしてある点ではモーツァルト的であったり、ある点ではベートーヴェンと近い世界を感じさせたり、シューベルトの「即興曲」に近い雰囲気も持つという点である。
 フィールドの人生、生きた時代(ベートーヴェンの12歳下であり、亡くなった年はショパンの死の1年前)を考えれば、その時代の音楽の<個性>がフィールドの音楽のなかに投影されていることがよく分かる。また、主にロシアで活躍しつつも、若い時期はクレメンティと共にヨーロッパ・ツアーを行い、晩年に近くなってからも西欧へのツアーを行っていたので、おそらく時代に求められるアーティストであったのだろう。ロシアの貴族の間では「フィールドを知らないことは罪である」とさえ言われていたそうだから、その音楽がやがてショパンやシューマン、メンデルスゾーンなどのロマン派盛期の作曲家たちの小品などに大きな影響を与えたことも理解出来る。むしろ、そうした後輩作曲家たちの陰に隠されてしまっていたフィールドの音楽の魅力は、今こそ再発見されるべきなのだろうと思う。
 アリスは録音「エコーズ・オブ・ライブ」のなかで、すでにフィールドの「2つのアルバム・リーフからハ短調、第1番、第2番」を録音している。それも通常のピアノとアップライト・ピアノの2つのヴァージョンで録音している。この「エコーズ・オブ・ライフ」はショパンの「24の前奏曲」をベースにし、他の作曲家の作品もその中に挟み込まれていた。選曲のセンスと、ピアノ音楽の時代的な影響関係を音で教えてくれるアルバムだったので、すでにその時から、彼女の中でフィールドその人への興味も高まっていたに違いない。
 フィールドの作品を演奏する時に、アリスはそれぞれの作品への短いコメントをはさみ、より分かりやすく音楽のバックグラウンドが伝わるように配慮してくれた。それもあって、モーツァルト、ベートーヴェン、クレメンティ、ショパンなどなどの同時代を生きた作曲家たちの面影も演奏から浮かび上がって来て、とても貴重な時間となった。そして日本ツアーから帰国した時点で、フィールド作品の録音に取り掛かった。それは2025年2月にアルバムとしてリリースされる。そしてアリスの弾くフィールドを再びライブで聴くチャンスは6月にやって来る。

片桐卓也(音楽ライター)

アリス=紗良・オット


◆アリス=紗良・オットのプロフィールページはこちら
https://www.japanarts.co.jp/artist/alicesaraott/

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