2024/12/26
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ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団ケルン公演レポート ―ソリストに諏訪内晶子が出演―
中村真人(音楽ジャーナリスト/ベルリン在住)
12月8日の朝、ケルン中央駅から外に出ると、目の前に大聖堂の姿が目に飛び込んできた。天に向かってそびえる巨大な教会に圧倒されながらも、クリスマス前の街の雰囲気と相まって、華やいだ気分になる。ケルンを中心とするこの地域の人びとの芸術や精神世界に大きな影響を及ぼしてきたのが、この大聖堂であり、「父なるライン」だろう。ケルン・フィルハーモニーが大聖堂とライン川の間の最高のロケーションに位置するのも、そのことを示している。
この素晴らしいホールで、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団のマチネー公演を聴いた(指揮はオスモ・ヴァンスカ)。1827年に創設された歴史豊かなオーケストラであり、ブラームス、マーラー、R・シュトラウスといった大作曲家の作品を初演するなど、同時代の音楽を育んできたことでも知られる。
その姿勢はこの日のプログラムにも現れていた。冒頭に演奏されたのは、ケルン在住の作曲家ヨーク・ヘーラーの80歳を記念した委嘱作品《序奏と最後の調べ》。やはりケルンに縁の深いロベルト・シューマンの幻想小曲集の第3曲〈なぜに〉とワーグナーの《トリスタンとイゾルデ》第3幕への前奏曲のモチーフを取り入れた、内省性の高い作品だ。
続く細川俊夫のヴァイオリン協奏曲《ゲネシス(生成)》には、諏訪内晶子がソリストとして登場した。2021年に初演された、人の命の生成をテーマに書かれた作品であり、作曲家が羊水をイメージしたというオーケストラによる冒頭から、聴き手は生命誕生の神秘に立ち会うことになる。自然や宇宙を表現するオーケストラに対し、ヴァイオリン独奏は生まれ、成長してゆく人の命をかなでる。
まず、この作品を初めて演奏するとは思えないほど、オーケストラが達者だ。最初のヘーラー作品でも感じたことだが、響きが透明でにごらない。対する諏訪内の凛とした佇まいのソロも実に美しい。2つ目のカデンツァでは、ヴァイオリンが尺八を模したようなフルートとチェロの独奏と絡み合い、響きの強度を深めてゆく。ヴァイオリンとオーケストラは対立し、反発し合うものの、やがて和解がおとずれる。極小の高音を奏で続ける諏訪内のヴァイオリン・ソロに、鳥の歌のようなピッコロやクラリネットがやさしく寄り添い、音楽はほのかな余韻を残して消えた。
細川は、人間と自然というテーマの上に戦争という最も野蛮な行為を警告した続編にあたるヴァイオリン協奏曲《祈る人》をその後に書いたが、2023年のベルリンでの初演に立ち会っている筆者は、2つの作品を重ね合わせながら平和を祈らずにはいられない気持ちになった。
後半は、ベートーヴェンの交響曲第7番。プログラムによると、ギュルツェニヒ管弦楽団がこの曲を演奏するのは、意外にも10年ぶりとのことだ。ベートーヴェンがウィーンで書いた作品とはいえ、このオケにとっては「我らが交響曲」という意識が強いのではないか。何しろベートーヴェンはここからライン川の上流30キロ弱行ったところのボンで生まれたのだから。
フィンランドの名指揮者オスモ・ヴァンスカは、かつて手兵のラハティ交響楽団とのシベリウスを聴いて以来だろうか。舞台に登場したときは、さすがに歳を召された印象は否めなかったが、これがなかなかどうして、第7番にふさわしい生き生きとした舞踏を奏でる。特に第1楽章の主部に入ってからは、意気揚々と心地よい開放感に満たされた。ベルリンからやって来た筆者には、北ドイツのオーケストラとは響きの傾向が違うことに気づく。前半で聴かせたアンサンブルの折り目正しさはそのままだが、くっきりと明るい響きだ。全曲ほとんどアタッカで演奏するテンポのよさもあり、終楽章ではオーケストラのエネルギーが指揮者によって束ねられ、フィルハーモニーは幸福な歓喜に満たされた。
ホールを出ると、この季節には珍しく青空が広がっていた。大聖堂の真下のクリスマスマーケットは賑わいを見せ、ライン川のほとりでは多くの人が散歩を楽しんでいる。星の数ほど解釈の可能性があるベートーヴェンの交響曲だが、この作曲家が22歳まで過ごしたライン地方を代表するオーケストラの第7番には格別の味わいがあった。2025年初頭の来日公演でも、彼らがその風土と歴史の中で育んできた音をそのまま届けてくれるに違いない。
《公演情報》
円熟の巨匠&欧州の古豪オーケストラが豪華ソリストと共に贈る薫り高い響き
サカリ・オラモ指揮 ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団
2025年2月9日(日) 所沢市文化センター ミューズ ☆ ※チケット予定枚数終了
2025年2月10日(月) サントリーホール ☆ ※チケット予定枚数終了
2025年2月11日(火・祝) ザ・シンフォニーホール ★
2025年2月12日(水) サントリーホール ★
2025年2月13日(木) 東京オペラシティコンサートホール ☆ ※チケット予定枚数終了
2025年2月15日(土) 豊田市コンサートホール ★
2025年2月16日(日) 横浜みなとみらいホール ☆ ※チケット予定枚数終了
☆藤田真央 ★諏訪内晶子