2012/7/25
ニュース
「ブルガリア人歌手の実力と活躍ぶりについて」[ソフィア国立歌劇場]
岸 純信(オペラ研究家)
ブルガリアのソフィア歌劇場への出張が決まり、資料の一つとして、音源や映像で知る往年の名手から実演に接した現役のスターまで同国出身の歌手勢をリストアップしてみた。すると、あっという間にA4の紙が埋まってしまった。人口750万といえばスイスと同規模、チェコやポルトガル(約1千万人)よりも小さな国である。そのブルガリアがここまで名歌手を輩出しているとは!
例えば、かのマリア・カラスと共演したメゾソプラノ、エレーナ・ニコライや、《サロメ》で絶賛されたソプラノのリューバ・ヴェリッチ、《タンホイザー》でバイロイト収録の映像を残す美男テノール、スパス・ヴェンコフなど書き始めれば筆が止まらない。でも、ボリス・クリストフはやはり別格の存在のよう。
<左から:エレーナ・ニコライ、リューバ・ヴェリッチ、スパス・ヴェンコフ、ボリス・クリストフ>
「彼が亡くなった時、ブルガリア正教会のアレクサンドル・ネフスキー大聖堂でお葬式がありました。国葬レベルでした」
<アレクサンドル・ネフスキー大聖堂>
そう教えてくれたのが通訳のソーニャ嬢である。クリストフといえば唸り入りの声音で名を轟かせた大バスであり、今もブルガリアの人々の誇りであるという。彼の後も、悲愴感溢れる響きのニコライ・ギャウロフや舞台姿が際立つニコラ・ギュゼレフといった往年の名手たちから、いまや欧米で大活躍中のオルリン・アナスタソフ(まだ30代半ば!)まで、低く逞しい美声はブルガリアの特産なのである。
その一方で、世界の桧舞台を制覇した大ソプラノも忘れてはならない。日本のファンにもお馴染みの美女ライナ・カバイヴァンスカ、暗めの声音で安定感ある歌唱を披露したアンナ・トモワ=シントウ、マクベス夫人やトゥーランドットなど劇的な役柄で一世を風靡した猛女ゲーナ・ディミトローヴァなど挙げればきりが無く、近年では滑らかな歌いぶりが光るクラッシミラ・ストヤノヴァが第一線で活躍中である。また、メゾでは深々と響く美声で世界的な人気を得るヴェッセリーナ・カサロヴァが代表格になるだろう。
<左から:ニコラ・ギュゼレフ、オルリン・アナスタソフ、ライナ・カバイヴァンスカ>
<左から:アンナ・トモワ=シントウ、ゲーナ・ディミトローヴァ、ヴェッセリーナ・カサロヴァ>
ここでソフィア歌劇場の現在の花形スターも紹介しておこう。まずは、剛毅な響きのテノール、マルティン・イリエフを。《ノルマ》のポリオーネから《トスカ》のカヴァラドッシまで英雄的な太い声音で歌い上げる名歌手である。そしてバリトンのビセル・ゲオルギエフ。伸びの良い美声とマッチョな体格で男の色気を醸し出す逸材である。
また、この二人に加えて、劇場の層の厚みを証明する面々にも触れておきたい。まずは《トスカ》のアンジェロッティ役、バスのアンゲル・フリストフを。実に颯爽たる歌いぶりで慎重に耳を欹てていたら、ソーニャ嬢曰く「先日の《ドン・カルロ》では王様役に選ばれていました」とのこと。そして、《アッティラ》の脇役ウルディーノを演じたテノール、プラーメン・パパジコフも。ほんの一言ふたことでも場面をぴりっと引き締める力量に注目したら、ソーニャ嬢が「この前《ジークフリート》でミーメに抜擢されました!」と教えてくれた。才能豊かな若手たちが道を拓く姿を目の当たりにしたようで、こちらも嬉しくなった。
<左から:マルティン・イリエフ、ビセル・ゲオルギエフ、アンゲル・フリストフ>
ソフィア国立歌劇場
《マスカーニ:カヴァレリア・ルスティカーナ
プッチーニ:ジャンニ・スキッキ》
□11月4日(日) 15:00 よこすか芸術劇場
□11月11日(日) 17:00 千葉県文化会館
□11月15日(木) 18:30 東京文化会館
《プッチーニ:トスカ》
□11月3日(土) 15:00 川口総合文化センター・リリア
□11月17日(土) 14:00 東京文化会館
□11月18日(日) 14:00 東京文化会館