2025/2/6

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【インタビュー】アリス=紗良・オット

2月7日に新譜『フィールド:ノクターン全集』をリリースし、6月~7月にフィールドのノクターンとベートーヴェンのソナタを組み合わせた日本ツアー「ジョン・フィールド&ベートーヴェン」を行うアリス=紗良・オット。
ノクターンの創始者として知られるジョン・フィールドはどこかで聴いたことがあるような、とてもノスタルジックな音楽と語るインタビューはこちらから。ベートーヴェン「月光ソナタ」、モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」につながるフィールドの音型について、とても興味深い語りがあります。


ノクターンの創始者、ジョン・フィールドの魅力に開眼したアリス=紗良・オット

取材・文:萩谷由喜子(音楽評論家)

アリス=紗良・オット

 アリス=紗良・オットが新しい鉱脈を見つけた。宝石のような小品がざくざく埋まっているその鉱脈とは、1782年アイルランド生まれの作曲家ジョン・フィールドのノクターン群だ。実はフィールドこそ、ピアノ曲としてのノクターンを創始した人物。でも、いったいどのようにして、アリスはフィールドと出会ったのだろうか?

「フィールドはショパンよりも先にノクターンを生みだした作曲家なんです。それなのに、ピアノ教育の分野でもほとんど知られていません。私も学生の頃、フィールドの名前だけは知りましたけれど、その頃もあまり弾く人はいませんでしたし、特に興味も持ちませんでした。ところが、コロナ禍が始まって抑鬱された日々が続き、その中で、ふと、こんな時期にはノクターンがふさわしい、と感じたんです。それで、検索していたら、エリザベス・ジョイ・ロウというピアニストの弾く、フィールドのノクターンをみつけました」

 エリザベス・ジョイ・ロウはシカゴ生まれの韓国系ピアニスト。2016年にフィールドのノクターン全集をデッカからリリースしている。アリスはそれを聴き込むうちに、どんどんフィールドに惹かれていったという

「どこかで聴いたことがあるような、とてもノスタルジックな音楽なんです。繰り返し、繰り返し聴くうち、思わずハミングしたくなっていました。ちょうど、映像と音楽を一体化させた、「エコーズ・オブ・ライフ」シリーズが終わったところだったので、その次のテーマとして、フィールドがぴったりだと、思いました。でも、フィールドの手紙類とか自筆譜とか、当時の出版譜などもほとんど伝わっていません。ノクターンの一部も、出版社によっては、ロンド、ロマンスなどされていることもあります。私は、フランツ・リストが1859年に校訂した版を手に入れて使っています」

 フィールド作品の魅力を、アリスは熱心に語ってくれた。

「モーツァルト風だったり、ショパン風だったり。古典派なのかロマン派なのか、はっきりしないところがあって、そこが面白いんですよ。9月は、青森県の六ケ所村、群馬県の前橋、鹿児島市、新潟市の4か所でリサイタルがあって、プログラムに、ベートーヴェンと共にフィールドを入れました。フィールドのノクターンを弾きながら客席の方をみたら、なんと、お客様が微笑んでいらっしゃるのです。あっ、やっぱりフィールドは聴く人を幸せな気分にさせるんだ、そう感じるのは私だけじゃないんだ、と思って嬉しくなりました。終演後にいただいた感想でも、フィールドという作曲家を知りませんでしたが、とても素敵な曲なので、これをきっかけにフィールドのことを調べてみたいと思います、といってくださる方もおられました」

アリス=紗良・オット

 フィールドにベートーヴェンを組み合わせたのはこんな理由がある。

「いつも、プログラムの組み立てはよく考えます。最初にフィールドのノクターン第17番を弾き、次にベートーヴェンのピアノ・ソナタ第19番。そのあとはフィールドのノクターン1番、2番、4番、10番と続け、第1部の最後はベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第30番で締め括ります。第2部はフィールドのノクターン第14番、16番、9番、12番と弾いて、最後はベートーヴェンの『月光ソナタ』です。

この二人を組み合わせた理由はいくつかあります。まず、1770年生まれのベートーヴェンはフィールドとそれほど時代が違いません。フィールドはウィーンへ行ったことがあって、ウィーンでアルブレヒツベルガーという先生に作曲を習いました。実はこの先生にはベートーヴェンも対位法を習っているんです。ですから二人は、共通の先生に就いているわけです。二人が会ったことがあったかどうかまではわかりませんが……」

 『月光ソナタ』については面白い話をしてくれた。

「皆さんは、『月光ソナタ』をロマンティックな音楽だと誤認していますが、実はあの第1楽章の3連符の連続は、モーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』の第1幕、騎士長が殺害されたあとに流れる音楽に由来しています」

 そう言ってピアノに向かったアリスは、『月光』の冒頭部と、『ドン・ジョヴァンニ』の騎士長殺害場面を弾いてくれた。たしかに、同じ音型だ。

「そして、フィールドも同じ音型を使っています」

 再びピアノで弾いてくれたフィールドのノクターン第9番。3連符に付点音符が組み合わされている部分は『月光ソナタ』とそっくりだ。

「ね、似ているでしょ。フィールドの音楽には平穏さ、静けさといった特性があります。芸術は複雑であればいいというものではありません。彼の曲はシンプルなようでいて、装飾音の使い方や、あたかも即興のようなスピリット、リズムや和声の使い方によって、ちっとも退屈しない音楽作品に仕上がっています。フィールドのノクターンの素晴らしい世界へ皆さんをご案内できることを楽しみにしています」

アリス=紗良・オット


《公演情報》
描きだされる二人の作曲家のコントラスト
アリス=紗良・オット ピアノ・リサイタル
ジョン・フィールド&ベートーヴェン
2025年6月29日(日) 14:00 サントリーホール
https://www.japanarts.co.jp/concert/p2140/

[全国日程]
6月21日(土) 東北大学百周年記念会館川内萩ホール
6月26日(木) 文京シビックホール
6月28日(土) 兵庫県立芸術文化センター
6月29日(日) サントリーホール
7月1日(火) 愛知県芸術劇場 コンサートホール


◆アリス=紗良・オットのアーティストページはこちらから
https://www.japanarts.co.jp/artist/alicesaraott/

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