2014/4/14

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キーシン/日本ツアー初日公演レポート

名ピアニストの“幸せな変化”を体感する
~キーシン2014日本ツアー初日公演レポート

 エフゲニー・キーシンは、きっとまた、大きく変化しているはず。
もちろん、良い意味で。

 3年ぶりとなる今回の来日ツアーの曲目を見て、そして、同じプログラムで臨んだ3月のカーネギー・ホール公演の好評を耳にして、そう予感していた。そして、ツアー初日となる、大阪のザ・シンフォニーホールでのステージ。ホールを埋めた聴衆の大きな拍手の中、柔らかな微笑を湛えて現れたキーシンが、シューベルトの大作・ソナタ第17番の冒頭のD-durの主和音をホールに響き渡らせた瞬間、その思いはたちまち確信へと変わった。

 第1楽章はスタートダッシュも鮮やかに、早めのテンポ取りならではの強い推進力で突き進む一方、深い彫琢が施され、性急なイメージを全く与えない。祈りにも似た第2楽章では一転、深い思索の森へと分け入り、第3楽章では喜びを全身で表現。最終楽章で連なる左手の四分音符は、ひとつひとつが違った個性を持ち、くるくると舞い踊るかのよう。元よりキーシンは、聴衆の心を掴む天賦の才に恵まれたピアニストだった。だが、こんなにも、宇宙のように広大な精神性を湛えていたとは。

 演奏中のキーシンは額を寄せて鍵盤をじっと見つめたかと思うと、まるで啓示を受け止めるかのように、天を仰ぐ。その唇は、音楽をなぞってゆくかのように、常に動いている。そして、時に感極まり、遂には大声さえ漏らす。しかし、その声も、あるいは、硬質なタッチを求める際に鍵盤が発するコツコツというノイズすらも、すべてが音楽の内側にある。いや、もはやキーシンは、作品の内側から、聴衆の1人1人に語りかけて来ているのだ。そして、村上春樹が愛情と皮肉を込めて「天国的に冗長」と評したソナタは、聴衆の“次に響く音楽”への期待を煽り、やがて「天国的な愉悦」の衣を纏ってゆく。

 後半に置かれた、スクリャービンの作品でも、そのスケールの大きさと繊細さの両方が、如実に感じ取れる。明確なコントラストに彩られた「幻想ソナタ」では、そのコントラストをつぶさに表現するのみならず、随所に淡いグラデーションを施される。一方、作曲家がお互いの楽曲に糸を張り巡らせるように構成した「12のエチュード」は、あえて7曲の抜粋とすることで、キーシン自身が自らの中で咀嚼し、その糸を巧みに組み替えて、新たな曲集として再構築、聴衆へと提示してみせる。

 エチュード第12番「悲愴」の三連符の嵐が収まった時、ステージでは、ひとつの長い旅を終えたかのように充実した微笑を浮かべたキーシンが、爆発的な拍手と歓声に包まれていた。いっこうに興奮が収まらない聴衆のために、彼は3つのアンコール曲を弾いた。その色彩の豊かさたるや、これだけでひとつの小さなコンサートのよう。3曲目で思わず立ち上がった多くの聴衆は、さらに大きな拍手と歓声でキーシンをステージに呼び戻す。その回数は、遂に6回にも及んだ。

 もう一度、言おう。キーシンのピアニズムは、また大きく幸せな変化を遂げた。そして今こそ、彼のステージを聴くべき時だろう。いや、今回の日本ツアーのわずかな間ですら、きっと彼のピアニズムは、さらに進化してゆくはず。それを確かめるのは、他ならぬ、あなた自身である。

2014年4月13日 寺西肇(音楽ジャーナリスト)

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キーシンが魅せる、新しい世界
エフゲニー・キーシン ピアノ・リサイタル

2014年05月01日(木) 19時開演 サントリーホール
2014年05月04日(日・祝) 15時開演 サントリーホール

キーシン

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