2025/4/17

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阪田知樹がスロヴェニア・フィルと共演!

取材・執筆:中 東生

 リュブリャナのヨゼ・プチュニク空港に降り立つと、よくある無機質な空港周辺の景色と違い、雪化粧した山々が迎えてくれた。その居心地の良さは街に入っても変わらず、スロヴェニアの首都とは思えない程の穏やかさは、空港名に冠されている建築家プチュニクの市街地再建手腕が功を奏しているのだという。


スロヴェニアの山々

その中心地、歌劇場や美術館が並ぶ「文化地区」にあるツァンカン・ホールで4月3日、スロヴェニア・フィルハーモニー管弦楽団と初共演する阪田知樹を聴きに来たのだが、ソリストに寄せる期待の大きさは現地の聴衆も同じようで、コンサートのタイトルにも「長い間待ち侘びた」と記されていた。

 スロヴェニア・フィルハーモニー管弦楽団は、1701年に創設されたアカデミア・フィルハルモニコルムを前身とし、「世界最古」を誇るオーケストラだ。リュブリャナがドイツ語名「ライバッハ」と呼ばれていた時代の話だが、今でも「リュブリャナ」という地名ではピンと来ないドイツ人も多い。年配のリュブリャナ市民はドイツ語を話せる人も多く、現在の教育システムでも小学生から第2外国語としてドイツ語を選択できるという。
 そのような背景からもドイツを中心に多くの芸術家がリュブリャナに移り住み、ハイドンやベートーヴェン、そして今回のプログラムに取り上げられたブラームスもソサエティ会員に名を連ねていた。マーラーも指揮したこの楽団は、このようにドイツ音楽の発展と共に進化してきたのだ。


リュブリャナの街並み

 その首席指揮者を2024年から務めるカーキ・ソロムニシュヴィリはジョージア出身の35歳。
2022年以来シャルル・デュトワのアシスタントとして学んだという彼がオーケストラを「揺らす」時、師の指揮テクニックが見え隠れする。

 この日のプログラムはブラームスの「ピアノ協奏曲」「交響曲」共に第1番、そして冒頭にはスロヴェニアの49歳、チョルト・ソヤル=ヴォグラーの新曲「ラドスナ序曲」が世界初演された。
 阪田知樹が登場すると、前述の世界初演に立ち会えた喜びの拍手よりも、更に大きな拍手に包まれた。「ピアノ協奏曲」の冒頭、オーケストラは付点音符を強調してアクセントを効かせ、テンポにも緊張感が漲るが、少し靄がかかったようだった。そこに、ずっとオーケストラの方を向いていた阪田のピアノが入ると、山間の源泉から清らかな水が流れるように、辺りの空気を澄み渡らせ、音楽的輪郭がようやく際立ち始めた。決して誇示しないピアノなのに、その美音に耳が惹きつけられたまま、第1楽章の終わりまでその美しさに酔い、既に満足感が溢れた。

 続く第2楽章のアダージョでは、美し過ぎて切ないほどだ。陽だまりのような温かさで。私達の体全体を温かく包み込んでくれる彼のピアニズムは、彼の人間性なのだろうか。全ての音が話しかけてくるようで、ピアノが静かに朗読する物語に耳を集中させる。オーケストラとの音量やフレーズのバトンタッチも完璧なタイミングだ。練習期間は2日間の午前中のみ、楽団だけでなくこのホールも指揮者も、阪田にとっては初めての体験なのに、どうして完璧なバランスが掴めるのだろう。ピアノがどんどん弱音を研ぎ澄ましていくと、オーケストラも緊張感を保持したまま音量を抑えて応える。長いフレーズが美しく歌われ、紡がれていく。
 第3楽章では攻めに入るが、弦のピチカートに乗せるピアノのスタカートまでピタッとはまる。指揮者がテンポを突然落としても決まり、オーケストラが歌ったフレーズをピアノにバトンタッチするところの一体感など、息がピタリと合うのは、ソロムニシュヴィリがピアニストでもあり、阪田も指揮をするからだろうか。阪田のピアノの音色も豊富で、フルートのような音で弾くと、その後本物のフルートが入ったりするのだ。どんどんリスクを厭わず熱くなる指揮者と、それに落ち着きを与えながら応える阪田の組み合わせが功を奏し、全体が煌めいて終わった。
 何度も舞台に呼び戻された阪田は、アンコールにシューマンの歌曲「献呈」を自作の編曲で披露した。

 休憩中、ソロ部分で何を考えて弾くとあんなに美しくピアノが鳴るのかと尋ねてみると、「ブラームスなので、敬虔な祈りなどを思い浮かべていた」とのことであった。そして「この曲のピアノは出だしで決まるが、それでも自然体が大切」と語る。その自然体の追求があの温かみを生むのだろう。
 休憩後の「交響曲第1番」は前半の「ピアノ協奏曲」から20年の時を経た作品だが、その年月を確かに感じさせるアプローチで、随所にリスクを散りばめた指揮がエキサイティングだった。終演後ソロムニシュヴィリは「故郷ではロシア音楽が基本となっているので、ブラームスのようなドイツ音楽は当楽団から学ぶところも多い」「特に第1番は、感情に流され過ぎず、次々と別の曲想に移行しなければならないため構築力が必要で、それをこの楽団との共演で実践させてもらえている」と語るなど、まさしく蜜月状態だ。

 阪田と当楽団の初共演で見せた相性の良さにはアーティスティック・ディレクターも大満足していた。「日本は世界で一番居心地の良い国で、素晴らしいコンサートホール巡りもしたい」と、11月の訪日にはスロヴェニアからツアーグループも同行するという。日本の認知度を自国で上げると共に、「スラヴのオーケストラはリスクを冒すのが好き」と自認する同楽団の実力やスロヴェニア音楽を日本に広めたいと目を輝かせる。日本では、この日の好演よりさらにレベルアップしたものを聴かせられるだろうと意欲を見せる彼らを、聴き逃したら後悔しそうだ。

【速報】
カーキ・ソロムニシヴィリ指揮 スロヴェニア・フィルハーモニー管弦楽団
日時:2025年11月28日(金) 19:00開演
会場:東京芸術劇場コンサートホール

https://www.japanarts.co.jp/news/p9070/


◆阪田知樹のアーティストページはこちら
 ⇒ https://www.japanarts.co.jp/artist/tomokisakata/

◆スロヴェニア・フィルハーモニー管弦楽団のアーティストページはこちら
 ⇒ https://www.japanarts.co.jp/artist/slovenianphilharmonicorchestra/

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